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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

日田 (久大本線) 1986

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この1987年当時、博多から大分まで小倉経由での198.5キロは、直通の特急<にちりん>で3時間を切るくらいだった。対して88.3キロの、久留米からなら50キロ足らずの日田も大分県とは、福岡と大分は隣接県だし地図を見れば一目瞭然なのだけれど、福岡に仮住まいの北の人間は何処か不思議な感覚に囚われたものだった。(付記すれば、佐賀市が福岡県内で無いのにも同じ感覚を抱いていた)
とは云え、筑紫平野が東に尽きて筑後川が三隅川と名を変える地峡部を越えた盆地の風景には、それも納得するものだった。17世紀より天領として繁栄したここには、花月川から三隅川にかけての旧市街地の随所に風韻のある街並を残しており、同じく天領だった飛騨高山にも通ずるのだが、決定的な相違はその100メートル程度と低い盆地の標高にあって、それがここに流れ込む水流の穏やかな水郷の風情を加えていた。

かつて、多くの造り酒屋が所在したに違いないこの盆地に、この頃に(現在も)残ったのは花月川河畔のクンチョウ酒造だけだった。噂には聞いていた蔵ではあるものの、年間三千石程と思われる生産からは東京では勿論、博多でも酒販店を探すことになる酒である。
久大本線は日帰り圏内にあったけれど、機関車列車の始発から撮ろうと思えば宿泊を要して、大抵は日田駅前のビジネスホテルを宿にしていたから、薫長の純米酒を買い込み、日田駅弁の美咲屋の鮎すしを肴に一杯やるのが楽しみでもあった。それは芯の通った太い味わいと記憶する。

そして、その前の一仕事が日田下り方の跨線道路橋から629列車の夜撮だった。
大分運転所[分1]運用の3両組成によるこの列車は、ここまで併結の門司港客貨車区鳥栖運用[門41]運用の2両の解放作業で停車時分が長く、じっくりとバルブが切れた。そろそろ少なくなりつつ在った蒸気暖房の吐息が夜目にもきれいな11月の夜だ。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S Bulb@f8 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

Re: タイトルなし

道内版ばかりでなく内地版の方にも、ご訪問ありがとうございます。
こちらからもリンク登録させていただきます。
こちらは、余り更新出来ていませんけれど、よろしくお願い申し上げます。
ところでmackさん、広告表示されちゃってますぜ。
更新お待ちしております。

  • 2013/07/13(土) 14:28:40 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

足跡からお邪魔致しました。
素晴らしいお写真の数々!懐かしさや羨ましさが交錯したブログにやられてしまいました!!
もし宜しければリンクさせて頂ければ幸甚に存じます。

  • 2013/07/12(金) 12:33:09 |
  • URL |
  • mack #JalddpaA
  • [ 編集 ]

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