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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

猪苗代 (磐越西線) 1980

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会津地域への旅には「福島会津磐梯」の特殊用均一周遊券(販売名-ミニ周遊券)を使っていた。自由周遊区間は郡山を入口駅として会津方面には喜多方までと湯野上までしかなかったのだけれど、郡山の3・4番ホームに在った待合室での「駅ネ」には重宝だったからである。冬なら石炭ストーブが良く燃えて、雷が落ちたかのような通過貨物列車の轟音に慣れさえすれば快適な宿に違いなく、最終の普通列車で郡山に向かい、翌朝4時過ぎに上野からやって来る急行<ばんだい>で戻れば良かった。

福島会津磐梯ミニの発売されての冬だったから71年の2月と思う。その日は早めに郡山に戻るつもりだったのか、20時前の普通列車に乗り、いつものように空いた車内で眠ってしまった。そしてお約束どおりに車掌に起こされ、寝ぼけ眼でデッキを降りてみれば、見慣れた集札口は郡山のそれで無く会津若松なのだった。郡山に到着した上り列車で誰にも気づかれずに列車は下りとして折返したのである。4時間余りを爆睡していたことになる。
貧乏旅行で宿賃などの余分は端から所持していないから、これには困った。駅員氏に「待合室の隅で寝せろ」と申し入れるも見事に断られ、折からの降雪を避けるには駅前の公衆電話ボックス以外に無く、そこで一睡もせずに朝を迎えたのだった。列車内で4時間も寝て決して眠たくはない分、とにかく緩慢にしか進まぬ時間に呆れたことを良く覚えている。
後のようなガラス張りボックスでは無く、クリーム色に塗られた鋼板にHゴム固定の窓付きのそれである。ドアに丸く開けられた取っ手部さえ塞げば、それなりに快適な「居室」ではあった。

写真は、222列車の車内から225列車の新津行きを撮っている。朝焼けの猪苗代である。
機関車はここにしか居なかったED77。
この日、何故か早朝の上りに乗っている。会津若松泊まりにした理由が解らず、宿泊先の記録も見あたらない。まさか公衆電話ボックスじゃないだろう。

[Data] NikonF3P+AiNikkor28mm/F2.8 1/125sec@f8 Nikon Y52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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