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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

面白山信号場-山寺 (仙山線) 1981

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東北本線のほぼ中間、仙台で接続する仙山線は、北海道との行き来の途上に組み入れ易いこともあって度々撮っていた。
上野を23時台の<いわて3号>か雁行する<まつしま6号>、あるいは常磐線を回る<十和田3号>を選べば、何れも6時前に仙台のホームに立て、前途は、そこが19時過ぎであった<みちのく>か<はつかり5号>にて青函を深夜に渡れるゆえであった。

注目のされない線区ではあったのだけれど、面白山トンネル(5361M)の前後区間には33パーミル勾配にR250の急曲線が介在し、奥羽本線の福米間に匹敵する山岳路線である。
山寺側の紅葉川渓谷沿いには、面白山仮乗降場まで線路と適度な間隔で林道が並行していて、ここを歩くだけで仰角から俯瞰まで多彩な画角を楽しめた。新緑の季節や秋の芋煮会シーズンでも山寺周辺の賑わいを他所に深閑としていて、あまり知られていなかったこともあるが、鉄道を眺めるには良いとしても、渓流を間近には望めず、またそこまで降りる道の無くて、それには不適であったからだろう。
何処からともなく流れ出す山清水の林道歩きは、それは心地よいものだった。

この頃の仙山線には、仙台と新潟/酒田を結ぶ長編成の気動車急行から、仙台-山形連絡の電車急行に電機牽引の客車列車など多様な運転があって、飽きることはなかった。ただし、それに応じたポイントと画角を選ばねばならず、撮影は些か忙しい。

写真は、33パーミルの勾配上の第二紅葉川橋梁を渡る829D列車。
この列車は、いつもこの橋梁で撮ることに決めていた。
山形から2ヤマが組まれていた山形機関区の2エンジン車限定の普通列車なのだが、ルーラル線区とは言え都市間連絡線であったこの線区の最短編成で、延長100メートルの橋梁上に収まるのは、この運用の他に無かったゆえである。
急行用のキハ58の入ることもあったが、大抵はキハ55が使われ、特に同区へ2両のみ配置だったキハ52は、ほぼこの運用に専用されていた。この日は両端にそれが共に入り、中間はキハ55で揃う整った編成であった。これも「編成美」と云って良いだろう。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor105mm/F1.8S  1/250sec@f8  Non filter  Tri-X(ISO320)  Edit by CaptureOne5 on Mac.

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