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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

鵯島信号所 (富山地方鉄道・軌道線[呉羽線]) 1984

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道内版 姫川信号場 (函館本線) 1983 の続きである。

上記で述べた普通鉄道構造規則、そして2002年3月31日を以てそれに代えて施行の「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」(2001年12月25日国土交通省令第151号)では「信号場」に統一されて消滅した「信号所」なのだが、道路への敷設を原則とする鉄道、即ち「軌道法」に準拠して開業した路線上に生き残っている。
この軌道法(1921年4月14日法律第76号)にも、軌道建設規程(1923年12月29日内務・鉄道両省令)にも「信号所」の文言は無い。けれど、軌道法施行規則(1923年12月20日内務・鉄道両省令)の第12条2項9号に「信号所ノ新設又ハ位置変更」と在って、鉄道線での「信号場」相当施設を軌道線では、「信号所」と称すると解される。
軌道法は、幾度かの改正を経ているものの、制定からまもなく100年を迎える今日も未だ現役の法規である。現行法規は2006年3月31日法律第19号による改正となっている。

さて、設備の現存となると、知り得る限りで名古屋鉄道豊川線の諏訪新道信号所に土佐電気鉄道伊野線に所在の市場前信号所と八代信号所の2施設である。普通の鉄道と何ら変わらない名鉄豊川線線だが、ここは軌道法に準拠する線区ゆえ「信号所」である。但し、名鉄部内ではこれを永く諏訪新道信号場と呼んでいる。全線が地方鉄道建設規程の準用条項の多い軌道法での「新設軌道」区間ゆえと推定する。

軌道法準拠線本来の路面上での「信号所」として存在したのが、2012年3月24日を以て廃止された、この富山地方鉄道軌道線の「鵯島(ひよどりじま)信号所」であった。同線に属する呉羽線安野屋-大学前間1.2キロが全線単線につき、中間に位置する新富山停留場の終点寄りに設置された交換設備だったが、富山大橋の架け替えにともない複線化がなされ消滅したものである。

写真は、鵯島信号所にて離合する大学前行と南富山駅前行の共にデハ7000形電車。
都電8000形をプロトタイプとした日本車輛での1957-1965年製の自社発注車で、この当時も現在でも主力車両である。
ここでは必ず交換が行われ、先着側が退避して通票らしきものをやり取りしていた。ここから大学前まではそれを携行しないと入れない運転法であったと思う。
信号機も転轍機のテコ操作も無く、それはスプリングポイントである。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/250sec@f5.6 Fuji SC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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