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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

中山平 (陸羽東線) 1971

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陸羽東線は堺田を最高地点として鳴子-羽前赤倉間に18.2パーミル勾配が連続する線形だけれど、その施工基面高の337Mは、仙山線の453M、花輪線の504Mに比べれば遥かに低い。実際に、山間に分け入り険しい谷を詰めるで無く、開けた谷間を直線的に上り奥羽山系の緩やかな鞍部を越える線形である。むしろ、大谷川が峡谷を刻む区間に隧道を穿って、その切り立った左岸の僅かばかりの平地に至る中山平周辺に山間の趣はあった。この線区の蒸機撮影の核心であり、小牛田から入って早朝の列車を大崎平野区間で押さえてから、ここへ入るのが定番になっていた。

紅葉黄葉の季節には、鳴子峡散策の起点につき観光客で賑わうのだが、それを除けば駅周辺の集落と斜面に棚田の続くばかりの山村であった。後に駅名ともされた中山平温泉は、駅の東側の国道48号線から線路を越えて大谷川河畔に降りた元蛇の湯/東蛇の湯と云われる地区に集中していて、静かな湯治場と記憶している。今の国道沿いの宿は後の開業である。

ここは、1983年3月に施行されたCTC制御による軌道回路検知式特殊自動閉塞化に際して要員が引上げられ、島式乗降場を挟んでいた上下本線の上り線が撤去されて、そこに小さな待合所が立てられた。
1981年度の乗車人員が232人と比較的多く、ここを始発終着とする列車が3往復も設定されていたから、棒線化は意外な印象を持ったものだった。
軌道回路検知式特殊自動閉塞とは、単線区間において停車場内に連続した軌道回路を設け、これにて列車の進入/進出を検知して自動的に閉塞および信号を現示する方式であり、既に停車場両端に軌道回路の設備されていた連査閉塞施行区間からの転換が比較的容易なため、80年代に同方式閉塞線区へ急激に普及した。隣接停車場間に一対の方向てこが設けられ共同での扱いを要するが、CTC制御を併用すれば現地扱いは不要になる。

写真は、この71年11月3日に実施された「仙鉄SLの旅71」と称する募集団体旅行の専用列車の、帰路運転に際しての中山平への客車回送列車。列番は失念した。同駅に転車設備は無いからC58は逆向き運転である。
この仙台-中山平間に運行の団体列車は、その募集旅行名のとおりに仙台から(まで)C58が直通牽引した。往路/帰路間に客車と牽引機は川渡留置であった。
もう分からぬ方も多いと思うが、仙鉄とは国鉄仙台鉄道管理局のことである。

[Data] NikomatFTN+AutoNikkor105mm/F2.5 1/250sec@f8 Y48 filter Tri-X(ISO400) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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