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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

広戸 (五能線) 1978

hiroto_01-Edit.jpg

広戸は、戦後の1954年12月25日に深浦から3K940Mの位置に開業した停車場である。行合崎後背の段丘上に存在する集落の利便を図ったものと思われるが、そこからはかなり距離のあって周辺に人家の無い海岸沿いの地点が選ばれている。五能線は、ここから行合崎に向けて20パーミルの勾配が続くから、やむを得ない選定だったのだろう。国道と線路敷との僅かな用地に乗降場が置かれる現況だけれど、開業当時の国道はそれとは名ばかりの狭い悪路であったから、それでも駅としての存在感は今の比ではなかったはずである。

ここに下車して、国道の坂道を喘ぎながら登って往くと地図に無い水流がある。それは段丘の縁を広戸川へ向かうでなく、行合崎へと細い流れに似合わぬ深い谷を刻んでいて、水源が何処なのか一見不可思議な光景に思えた。五能線は、これに延長25Mの行合川橋梁を架橋し、しかもここが行合崎に続く段丘越えのサミットである。
岬へは、その先を右折して五能線の跨線橋を渡れば到達する。樹木の無い平坦な地形が続いて、何処からでも広戸駅方向を望めたのだが、それは凡庸に過ぎて下に見えていた漁港へと降りたのだった。

海岸線を往くのは、混合1730列車。このサイズの写真では分かり難いかもしれないが、機関車次位に有蓋車を1両組成している。
広戸漁港は、地元漁船のみが利用する第一種漁港である。ここには水揚げ施設は無いから、それは深浦漁港へ持って行くのだろう。シーズンの烏賊釣り漁に磨かれた集魚灯に海が満たされる。

[Data] NikonF2A+AiNikkor105mm/F2.5S 1/500sec@f8 FujiSC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

Re: 五能の客車

こんばんは。
レスポンスが遅くなってすみません。

温気暖房機装備車の限定運用を要して、
いつまでも同じクルマが弘前客貨車区にヘバりいてました。
全国でも、石北線とここにしか例のないクルマです。
内の1両が横川に保存展示されたとか。
偶然でしょうが、温気暖房機の実物の保存されたのは意義ありです。
本来用途であった初期の内燃車がほとんど残っていませんから。

  • 2013/05/13(月) 00:51:59 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

五能の客車

こんばんは。

五能の客車は混合時に貨車が挟まるためか電暖仕様の61系で、
運用上独立していたのか、最後まで白熱電灯が灯る車内でしたね。
五能に通わせたのはあのセピア色の誘惑だったのかも。

  • 2013/05/10(金) 00:57:21 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

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