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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

平岩 (大糸線) 1987

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大糸線非電化区間も、高山線通いと一体で撮っていた線区である。その旅が東京へ戻る行程であれば帰路に立ち寄っていた。一日を撮り終えての帰路には、そのまま南下して松本で夜行<アルプス>を捕まえられれば八王子も近いのだが、大糸線は距離の在る上に時間が掛り過ぎて叶わず、糸魚川から直江津を回って長野に出て夜行<妙高>に乗るのが定番だった。

写真は、第八下姫川橋梁上の430D、南小谷行き。
国道148号線(現新潟県道375号平岩停車場蒲原線)を葛葉峠へのつづら折りを登った定番位置からの俯瞰である。
姫川流域を襲った1995年7月11日から翌日にかけての集中豪雨災害は記憶に新しい。大糸線も姫川の氾濫や斜面崩壊、土石流にて寸断され、長期間の不通を余儀なくされた。
真那板山の急斜面直下の峡谷を抜けた水流は、この谷間を広く奔放に流下して全てを押し流し、水流の強い位置にあった第八下姫川橋梁は桁流失ばかりか橋脚も損壊し、右岸に見える電気化学工業の横川第二発電所すら半壊の被害を受けた。
当然に国道も不通区間を生じて、この平岩付近は孤立してしまい、住民約500名がヘリコプターにより緊急移送されたる事態となったのだった。新聞一面にも水没する見覚えの在る国道・鉄道兼用の洞門(写真中央に見える)の空撮が報道され、衝撃を覚えた記憶が在る。
復旧は姫川の流路改修が優先され、大糸線南小谷-小滝間の列車運行再開は実に1997年11月29日のことであった。

葛葉峠への国道148号線は、その前年の1994年に直下をトンネルで貫く通称-平岩バイパスが開通して交通量が激減し、この撮影位置付近に在ったドライブインを中心にした休憩施設は、全てが廃屋と化している。また、不要不急路線と化したゆえか、県道に移管された現在、峠頂上から蒲原温泉へと降りる区間と県境を越えて長野県道への区間は、前記の豪雨災害の復旧がなされていない。

現在もこの位置からの撮影は可能らしいが、姫川は復旧時の改修にて護岸で固められた水路と化しては、もはや魅力は無い。

[Data] NikonF3P+AiNikkorED180mm/F2.8S 1/250sec@f8 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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  • 2016/05/01(日) 12:26:14 |
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