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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

羽前沼沢 (米坂線) 1971

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米坂線は、それは雪の深いところだった。蒸機の時代の70年と71年の二冬、その年が多雪だったのか少雪であったのかも解らないけれど、函館山線の雪しか知らぬ身には遥かに豪雪に見えた。積雪は小国方面に向けて深さを増して往くから、宇津峠あたりはそれでも序の口である。

新雪は北海道のパウダースノウとも少し違って、粉雪だけれどもフカフカなのである。一度、線路から築堤斜面に向けて飛んだら頭まで埋まってしまったことがある。抜け出そうにも雪に抵抗がなくて、もがくばかりで何ともならないのだった。幸いなことに、通りかかった他の鉄道屋がGITZOの足をフルに伸ばしてくれて「救出」された。
これの脱出方法は後に会得して、それは、よく云われるように雪中を「泳ぐ」のである。機材の荷物は放り出して、まさに前傾姿勢で「泳ぐ」、そうとしか言いようが無い。ただし、これをやると幾らマウンテンパーカやフードのドローコードをきつく締めても雪はアンダシャツの中まで入り込んだ。

列車走行の巻上げによる車体への着雪や積雪分の走行抵抗は牽引定数にも影響する。そのせいか、冬の米坂線には補機付きとなる列車が多々在った。貨物列車より軽いと思われる旅客列車に多かったのは、やはり定時性の確保がより優先される故だろうか。しかも、それは前補機だったから、降雪/多雪となれば旅客列車のどれかが重連でやって来た。

列車は、激しい降雪の最中を宇津トンネルへ向かう128列車、米沢行き。
9600蒸機の重連は、ボイラの太い貨物機だけに迫力がある。
視界が無く、接近しないと捉えられない。

[Data] NikomatFTN+AutoNikkor105mm/F2.5 1/500sec@f4 Y48 filter Tri-X(ISO400) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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