FC2ブログ

70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

岩館-大間越 (五能線) 1972

iwadate_01-Edit.jpg

日本海沿岸も、この秋田/青森県境あたりまで北上すると、その景観は北海道とさほど変わらなくなる。それだけ天候/気象条件の厳しくなるのだ。
道内への途上に良く立ち寄った五能線は、もう海峡を渡ったか、と錯誤させるような線区ではあった。
上野を19時半の<津軽2号>に乗れば翌朝7時前に東能代に降り立てたし、川部側から入るのなら、いつもの<八甲田>から奥羽線の普通列車に乗継いで、これも7時過ぎには到達出来た。線内で二日程を撮って、青函は深夜便に乗るのが定番のスケジュールになっていた。

県境を跨ぐ岩館-大間越間の10K820Mを、五能線は隆起地形と思われる断崖の岩盤を削り隧道を穿って通過している。海岸線も海浜の無くて岩礁ばかりである。
1926年11月24日に岩館まで達したこの線(当時は能代線と称した)は、大間越までの延長に実に4年の歳月を要し、それは1930年12月26日と記録されている。その難工事の程が伺われる。
駅間距離の長いここでのポイント-筧の橋梁は、岩館から県境を越えた先に在って、炎天下を線路伝いに延々と歩いたものだった。それでも大間越から歩くよりかは遥かに近いのである。平行する国道とは名ばかりの砂利道を歩かぬのは、海岸沿いのそこから断崖上の線路まで登る手段の無いゆえであった。

この橋梁の施設名は当時のメモにもなくて分からない。けれど、それの所在する大間越字筧に相応しく、まさに掛樋のような橋梁である。県境をサミットとした20パーミルの勾配上に在って、下り列車は絶気で駆け下りて来る。
列車は、混合733列車。これは深浦止まりの区間列車であった。

並行する道路が、国道101号線である。当時の北辺の旧2級国道とはこんなものだった。改良工事の開始されている様子が見える。

[Data] NikonF+Auto-Nikkor50mm/F2  1/500sec@f5.6  Y48filter  NeopanSSS  Edit by PhptpshopCS3 on Mac.
関連記事

コメント

Re: 大間越

こんばんは。

この後、間もなくして国道101号線は拡幅/舗装されて見違えたようになりました。
鉄道屋としては、目障りでしたね、確かに。
この位置の正面段丘上からの俯瞰ですと、3両程度の編成列車なら
その後ろに国道を隠すことが出来ました。

ところで、この橋梁の保守通路。木製です。
久しぶりでこのカットを見ていて気がつきました。
そう言えば、あの頃どこもそうだった。
これが金属製に変わるのは一斉だったような......。

  • 2012/11/28(水) 22:18:33 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

大間越

こんばんは。

ここですかあ、て、一度も行っていません。
「岩館の鉄橋」は好きで結構撮っているのに、ここへは何故か足を運びませんでした。

国道が気になったのか。
この位の田舎道なら良かったんだけどなあ。

  • 2012/11/28(水) 00:00:04 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://monochromeyears.blog.fc2.com/tb.php/6-7d5b402d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)