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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

上芥見 (名古屋鉄道・美濃町線) 1986

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その昔、水戸の市内電車を兼ねた茨城交通水浜線と云う軌道線があった。水戸市のメインストリートの路面を走る姿には記憶があったのだが、或る夏の日、帰省した母方の実家で従兄弟達と彼らの通う学校の校庭でのこと、甲高いタイフォンに気がつけば、その脇をあの市内電車が通り過ぎて往くのだった。驚いて近づいてみると、そこには路面ではなく鉄道と同じ線路が敷かれていた。上水戸と公園口間に存在していた軌道法で云うところの新設軌道である。札幌には無かった普通の鉄道線路の路面電車には強烈な印象を受け、以後永く記憶することになる。ここは1965年6月に廃止されてしまい撮影はしていない。

そして、福島交通の福島郊外への軌道線群である。『鉄道ファン』誌だったと思うが、福島駅前の路面から郊外に出れば田舎道の片側に敷かれた軌道を砂埃を捲き上げて走る姿に強く惹かれたのだった。道内行きの途上での立寄を計画していながら、1971年4月の全線廃止は寝耳に水で間に合わなかった。

さらには、東北本線列車の車窓に認めた花巻電鉄があった。山側の一段高いところに在った社線花巻駅の低いホームに停まる、同じく鉄道線路の路面電車然とした車両が印象的であった。メインの鉛線は1969年に廃されて、眺めたのはその頃には岩手中央バスの傘下入りしていた花巻温泉線なのだが、まもなくそれに代替されて、これも撮らず仕舞いだった。

この美濃町線は、動機は異なるにせよ多くの人々がそうであるように、それらの雪辱戦なのである。岐阜市内の路面中央部から野一色で道路端の軌道敷へ、岩田付近から美濃町への新設軌道区間とこの時期に揃って撮れたのは、この線区くらいだった。
国道を外れた上芥見付近は、新設軌道区間に挟まれて長良川沿いの田舎道の片側に軌道敷を設けた併用軌道で、川側には住宅の建ち始めていたものの線路敷の在る山側には滋味のある風景が続いていた。

写真は、新関止まりのモ600型。
田神線を経由しての各務原線新岐阜乗入れのため、同線規格の鉄道線ホームに対応した高床車だけれど、形態は十分に路面電車のそれである。
背景を良く見れば、かつては何処にでも在った消防の半鐘の下げられた火の見櫓が泣かせてくれる。この頃でも無用の長物だったから老朽化とともに解体されて、今ではすっかり見かけない。
この線区は岐阜からも美濃太田からもアプローチが利いたから、高山線行きのスケジュールに組み入れば良かった。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/250sec@f8 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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