FC2ブログ

70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

風合瀬 (五能線) 1979

kasose_01-Edit.jpg

もう盛夏を過ぎて、上野からの<八甲田>を降りた早朝の青森では、海峡を渡る風も冷んやりとする頃だったけれど、日中の津軽西海岸には、それでも磯遊びの人々の姿があった。
この風合瀬の浜が、海水浴場であったのか、海水浴適地だったのかは知らぬが、真夏であっても海水は冷たいのであろうか、その海水浴スタイルは北海道のそれなのである。すなわち、テントやバーナーを持ち込んでバーベキューを楽しむ「お作法」である。この日も浜には色とりどりのテントが並んでいた。

蒸機撮影の時代に、ここに降り立ったのは多くの人が書いているように、その駅名に惹かれてのことである。国道も未舗装の当時ならば轟木方の段丘上に立ちさえすれば、岩礁を背景に海岸線をトレースして来る列車を存分に楽しめたものだけれど、それの整備後には叶わなくなっていた。それでも、ここに降りてしまうのは駅名の響きとロケーションの魅力に違いない。国道側から緩い坂道を下りて、180度引き返すような道を辿ると数軒の民家を過ぎ、そのまま乗降場につながって行き止まりなのだった。そして、低い松林の向こうに海鳴りを聴くのである。

大戸瀬方に歩くと浜番屋が建ち並んでいて、この頃には魅力だったのだが→黄金 (室蘭本線) 1979 、背後の盛土上を往く線路とはやや距離のあって、どうにもまとめ難かった覚えが在る。今なら、きっと脚立を持って行くだろう。

風合瀬の、夏と秋との迫間の空。
キハ22は、唯一内地にも配備された北海道向けの形式であった。特に青森県内のルーラル線区ではキハ40の入るまで主力と云って過言でない。その南限は郡山客貨車区で磐越東線に使われた。
それとキハ40 500番台が併結されると、ユニット窓との組合せに奇異な感覚を覚えたものだった。
列車は、1741D弘前行き。

[Data] NikonF2A+AiNikkor28mm/F2.8 1/250sec@f8 O52 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://monochromeyears.blog.fc2.com/tb.php/42-6fd1e87b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)