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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

岩出山 (陸羽東線) 1972

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小牛田からの陸羽東線の始発は、とても朝早くて5時前だったと記憶している。中山平や堺田には6時台に到着出来るけれど、着いても撮るべき列車は無い。6時過ぎの2番列車で十分で、これなら上野を23時30分の<いわて3号>から5分で接続していた。
重連の牽く1790列車から一日を始めるならば、この723Dで堺田へ向かわねばならないけれど、朝方には岩出山で上下の貨物が対向していて、こちらも捨て難いのだった。
7時前の岩出山に降り立てば、既に上り1番線には5760列車が到着していて、まもなく下り本線へは1791列車が入線して来る。1791列車はここで貨車解結の構内入換があって、その様子を眺めてから下り方へ歩いて同列車の出発を撮り、次には上り方へと転進して5790列車の発車をねらう。これが、朝の岩出山でのセオリーであった。

この駅は街外れに位置するので当初には気がつかなかったのだが、市街地を散策してみれば、そこには情緒在る落ち着いた街並が連なっていた。造り酒屋に味噌に醤油の醸造元の微生物使い御三家はもとより、その微生物が生業のもやし(麹菌)屋までもが商い、割烹/料亭のひっそりとした黒塀に、和菓子屋のこじんまりした軒も並ぶのである。
DISCOVER JAPAN キャンペーンの最中にあった当時、観光地化されても不思議はない街並だったけれど、ここで観光客らしき姿を見かけたことはなかった。
民家の軒先に吊り下げられた干し柿に高野豆腐のすだれも印象的で、この頃までは、各家庭が自家製造していたものだろう。ここでは、あんぽ柿に凍み豆腐である。
近年に至って、全国京都会議の認定を受けて「小京都」を名乗るようだが、その街並はやはり城下町、武家文化のそれである。

現行の駅舎は、1983年に要員の引上げられた開業以来の本屋を放棄し、それに隣接して置かれたカプセルタイプのものである。大型のダルマ駅と云ったそれは、2008年の観光キャンペーンの際に人を小馬鹿にしたような陳腐なデコレーションを施されている。感性の貧しいとしか言いようがない。観光地の玄関とするなら、せっかく残された歴史を刻む旧駅舎を活用すべきだった。

写真は、岩出山周縁を抜ける1791列車。
干し柿の軒先との組み合わせに画角が切れなくて、柿の木とする。

[Data] NikonF+P-AutoNikkor50mm/F2  1/500sec@f4 Y48filter  NeopanSSS  Edit by CaptureOne5 on Mac.
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