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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

今川信号場-越後寒川 (羽越本線) 1971 

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怖いもの無し、だったのだと思う。
本編−道内編の止別-浜小清水 (釧網本線) 1967 に書いたけれど、この頃には「駅寝」もひととおりやって、夜間に停車列車の無い小駅にも泊まらせてもらっていたから今川信号場でもそれを頼み込んで、そして見事に断られたのだった。上り本線側乗降場の小さな待合所を狙っていたのだが、晩秋の頃とあってはそれも当然かも知れない。
その代わり、と初老の駅員氏が案内してくれたのが信号場至近の民宿であった。
実は、この時まで知らなかったのだけれど、今川の前浜にはシーズンに海水浴場の開かれ、集落には海水浴客を目当ての民宿が数多く存在して、何軒かは信号場に隣接していたのである。
季節外れで同宿者などいないそこで通された部屋は、その窓を開けると下り本線のレールが目の高さに在った。しかも、停車列車ならその位置に機関車が停まるのだった。
布団に入ったところで興奮して眠れるものでは無い。蒸機と添い寝など滅多に出来ぬ体験であろう。
この民宿には、その後も何度かお世話になった。

翌年10月の開業を目指し電化工事の進められていた羽越本線だが、この頃の今川信号場の前後には、まだ架線柱の建植されぬ区間が辛うじて残されていた。この宝来山トンネル出口側から脇川集落付近までもそのひとつである。
時雨の往き過ぎた後のことで、しっとり濡れた線路がこの線区らしい風情を醸す。
列車は、2872列車。新潟操車場行きの線内貨物である。

線路に並行する泥道は砂浜の通路では無い。歴とした国道345号線である。この頃の日本海岸の海辺の道は、線路も、か細ければ道路もこんなものだった。

[Data]NikonF+P-AutoNikkor50mm/F2 1/250sec@f5.6 Y48 filter NeopanSSS Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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