FC2ブログ

70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

角川-坂上 (高山本線) 1999

482-30_ES-Edit.jpg

2004年10月20日から翌日にかけて四国から関東地方北部に至る列島中央部を横断した台風23号は、岐阜県飛騨地域に豪雨をもたらし甚大な被害を与えた。神通川水系宮川の谷を経路とする高山本線も例外でなく、特に被害の大きかったそれの峡谷を刻む角川-猪谷間での復旧・運転再開に3年の月日を要したことは記憶に新しい。
当夜のニュース映像や翌朝朝刊での報道は、20日日中に円山川・出石川の氾濫にて全市域の水没した豊岡市など近畿北部に偏りがちで、飛騨地域の情報は断片的にしか届かずに居たところ、地元飛騨市がいち早く同市WebSiteに公開した写真の多くで、想像を絶するその被災状況を知るところとなった。
それに数枚の含まれた鉄道の被災を示す写真には、下桑野にて宮川攻撃側斜面が高山線路盤もろともに崩落したのにも驚かされたけれど、角川から坂上への区間での池ノ尾トンネルを出た位置に架橋の第9宮川橋梁の流失には衝撃を受けたものだった。その上流側至近には関西電力の坂上ダムが所在して、橋梁の施工基面高を越えて鈑桁を押し流した水位には、堤高23.5メートル、堤頂長100メートルに及ぶ重力式ダム堤体全てが水没していたと推定され、宮川に小鳥川の合流した下流での水量とは小鳥ダムの放流も含んで凄まじい激流だったことだろう。それは10パーミルの上り勾配の池尾トンネル内にも押し寄せて橋梁に接した出口まで達したとは後に聞いた。同トンネル入口付近と思われた写真では、確かに併行した国道の跡形無く、トンネルに続く線路の宙吊りとなる有様であった。

写真は被災前の第9宮川橋梁を往く1025D<ひだ5号>。
減水期にダムにて取水されてしまった宮川の水流は、それの放流される坂上発電所までの間にはほとんど無くなり、橋梁下は辛うじての「水たまり」である。
この橋梁の復旧に際しては少しでもの空頭確保に橋脚に手を加えての下路式のガーダーが採用されてしまうかとも思われたのだが、幸いにも上路式に復して撮影対象としては健在である。
撮影位置の国道の洞門上は砂利の敷き詰められていたものが、復旧後に再訪すると土砂が厚く堆積していた。おそらくは件の豪雨時に背後の斜面より流れ込んだものだろう。それだけでもその激しさが伺えた。無事でいられたかは別として、その夜の光景をこの洞門上から眺めれば、さながら地獄の如くであったに違いない。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor 85mm/F1.8D 1/500sec@f4+1/2 C-PLfilter EktachromeProfessional E100SW [ISO160/0.5EVpush] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://monochromeyears.blog.fc2.com/tb.php/267-93b1d357
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)