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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

竹沢 (八高線) 1996

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竹沢に降りて駅前の国道254号線に突き当たると、その向こうに兜川の流れがある。
秩父郡との郡境稜線直下を共に水源とする木呂子川と西浦川の合流から小川町中心市街地東方の中の島で槻川左岸に達するまで、流域全てが小川町内で完結する小河川である。
小川盆地から西に比企丘陵へと伸びる谷底を蛇行するこの河川は、荒川水系の一級河川に指定されながら前記合流地点から延長の僅か7キロに過ぎないのだが、北の金勝山、南の官ノ倉山から流れ出る小さな流れを集めて支流の多いことで知られ、小川町から竹沢への八高線には短径間の橋梁が連続している。
平安の古に始まり江戸期に産業として成立したと云われている、この地域での細川紙と呼ばれる和紙生産はこれら豊かな水流によるところと納得する。古くからの養蚕地帯でもあれば、同じクワ科植物のコウゾもまた山野に自生していたのだろう。後に竹沢村となる靱負村、木部村、勝呂村、木呂子村はその生産中心のひとつと伝わる。

竹沢は八王子と倉賀野から建設の始まった八高線の最後の開通区間となった小川町-寄居間の中間駅として、1934年10月6日の全通と共に開業している。当時に農家の散在するだけの農村地帯には、鉄道省工務局による「小停車場本屋標準図」(1930年10月6日工達第875号)に示された[一号型]に準拠の小さな駅舎が選ばれた。最近まで残されていた間口15メートルのそれは、建築を簡素化したものか戦後の質素な公営住宅然としていたものだった。入口横に設置の飲料自動販売機さえなければ、おそらくは開駅時に植樹され大木に成長した桜と共に作品として撮り残したい佇まいではあった。

写真は陽の傾き始めた竹沢を通過する5263列車と退避した230Dの高麗川行き。
櫻の名所は紅葉の名所でもある例えに従い、ここの秋景も楽しめた。2007年度末に駅舎は失われてしまうが、この櫻の残されたのは幸いと云えよう。

[Data] NikonF4s+AiNikkorED300mm/F2.8S 1/250sec@f8+⅓ NONfilter Ektachrome Professional E100S [ISO160/0.5EVpush] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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