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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

山寺 (仙山線) 1978

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1981年の正月を過ぎた頃のこと、山形での取材を終えて仙台へと向かうべく614D<あさひ4号>の客となったことがある。この冬は、後に「56豪雪」と呼ばれる大雪の年越しとなり、この時、山形市内の積雪も連日の降雪にて1メートルを越えていたと記憶する。雪害にて1時間近く遅れた614Dは降り止まぬ雪の中を山寺に到着、そこそこに発車するも急勾配と積雪の抵抗で速度の上がらないまま駅間にて停車してしまったのである。暗い車窓に微かに見える家々の灯りから、そこは千手院の集落と知れた。「一旦山寺まで戻り勾配を登り直す」との車内放送の在って、列車は山寺構内を通り過ぎた位置まで退行、フルスロットルで駅構内と続く立谷川橋梁の3パーミルを利用して加速し、33パーミルの雪道に挑むも、歩くような速度で千手院集落を通り過ぎ、やがては力尽きたのだった。
結局、これをもう一度繰り返した末に登坂を断念し、614Dは山形駅まで戻ってそこで前途打切りとなった。この夜、仙山線ばかりか新庄からの陸羽東線も福米の峠も雪に埋もれたことを駅の掲示が知らせていた。

千手院集落は、その名の通り天台宗寺院の千手院の大きな屋根を杉木立にいただく静かな山里で、最上川支流の立谷川沿いの僅かばかりの平地の尽きるところにある。面白山へと向かう紅葉川林道の入口でもあるから幾度も歩いていた。そこには、地図に無い小さな社や祠の点在して、こんもりとした森で遠目にもそれと分かるのだった。
千手院本堂への細い参道を線路が分断するのだけれど、そこに踏切の設備は無い。

通過するのは、ED78に牽かれた832列車仙台行き。
千手院の狭い耕地の収穫が終わり、田に穂仁王掛けの稲わらの並ぶ頃である。

[Data] NikonF2A+AiNikkor35mm/F2.8  1/125sec@f8  Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.

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