70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

焼石-少ヶ野信号場 (高山本線) 1998

shogano_02-Edit.jpg

釣鐘トンネル出口方抗口上部で交差する国道41号線は、16世紀末より金森長近が開削した益田街道に端を発する旧国道を1966年9月に七里橋に不動橋を架橋して対岸へと付け替えた新道である。今に見られる此処での染井吉野は、その際に一帯の景勝地化を目論んで植樹されたと云うが、地元でそう聞いただけで真偽の程は分からない。

峡谷の斜面には山桜も自生して、第五益田川橋梁を往く列車と桜の画角は高山線南部での定番に違いなく、加えて、そのシーズンなら国道を往く観光客の車を停めてカメラを向ける姿も絶えず、この時ばかりは独り占めの撮影とは往かなかった。
彼らは満開の撓わな枝に歓声を上げていたけれど、鉄道の写真屋としては橋梁との角度の最良と見た位置からだと、その枝振りにて融雪期でせっかくに水量の在る橋脚下の飛騨川の流れが隠され気味になることを些か不満に思い、これには咲き始めを狙うことでの対処を考えたのだった。
下呂の街中より多少標高の上がり、谷間に日照も妨げられる此処の櫻の開花は少しばかり遅い。そのタイミングは、満開の時期が焼石から門和佐川の谷に入った和佐地区に所在の「苗代桜」とほぼ同時期だったのを経験的に知っていたので、Web上にも在るそれの情報を参考に推定していたものの、開花から満開までの進行には個体差も在って、なかなかに程良く花を付けた枝には出逢えなかった。さらには、画角にする橋梁とそれに載る列車の長さのバランスは4両組成に限り、キハ85系<ひだ>の基本編成が5両だったこの当時に、それの実現していたのは大阪からの急行<たかやま>だけなのだった。しかも、1往復のそれの上りには陽の陰ってしまうので、結局のところ年間に1日か2日しか無い桜の理想的頃合いでの、12時少し過ぎの下り<たかやま>の通過だけと云う、ここでの撮影チャンスには満足の往くカットの撮れずに終わっている。
1997年の秋には国道の改良工事の始まって背景の旧道斜面が荒らされ、そこに錆色をした巨大なニールセンローゼ橋である三原大橋が出現してしまったからである。数年を経てのこれの工事完了後には、この毎年時期のルーティンワークに舞戻ったものの、それが画角に邪魔で仕方が無かった。

写真は最後のチャンスとなった98年春の撮影。花のタイミングは少しばかり尚早である。この2・3日後が意図には最適と見えたのだが、本業の都合で諦めざるを得なかった。
厚化粧に思えた、この<たかやま>運用車塗色も春の陽光下には不思議にも好ましく見える。
付記すれば、ここでは列車への光線と手前桜への光線が両立するのも、太陽南中前後の2時間程に限られた。下り<たかやま>は丁度その南中時刻にやって来てくれたのである。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor 85mm/F1.8D 1/500sec@f4 C-PLfilter EktachromeProfessional E100SW [ISO160/0.5EVpush] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://monochromeyears.blog.fc2.com/tb.php/245-050baa54
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。