FC2ブログ

70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

鯵ヶ沢 (五能線) 1972

ajigasawa_02-Edit.jpg

いずれ、道内版のほうでも記事にしようと思っているのだが、国内最大の淡水魚イトウのことである。
実は、北海道の栗山町と云うところで、これの体長が2メートルに及ぼうかと云う魚体の拓を見たことがあり、まさに巨大魚として良いその大きさに圧倒されたのだった。調べてみればイトウの生育は遅く1メートルの成長に10年ないしそれ以上、2メートルともなれば20年超を要すると知れた。

かつてには、渡島半島南部と日高地方、道北日本海岸の一部を除く北海道全域の各水系と、青森県の高瀬川、大畑川、岩手県の閉伊川にも棲息が確認され、その分布域は湿原と海跡湖の存在域と重なっていた。イトウ属で唯一降海性を持つイトウの生活史は未だ解明されぬ点の多いものの、流れの緩やかな湿原河川の上流から下流の海跡湖や河口の汽水域ないし塩水の沿岸までを回遊し、水温の上がる春期に産卵のため支流の上流域へを遡上すると考えられている。あくまで緩い流れを好み、サケのごとくに急流を上流へと上ることは無い。青森県なら小川原湖あたりを2メートル級も含めて泳ぎ回っていたのであろう。
戦後に進められた湿原の農地や宅地への転換、それにともなう平坦地を蛇行する河川の排水路化、即ちは直線水路への改修は、河畔林の失われた農地からの土砂流入と相俟って産卵床に選択される淵から瀬への川相の変化地点、渕尻とか瀬頭と呼ばれる位置の小石礫の水底を奪う結果となり、1960年代から個体数を減じ、特に1980年代に至って激減したのであった。開発の手の及び易い平坦地河川を生活域としたことが仇となった訳である。青森・岩手の河川では1960年代を最後に捕獲の記録は無い。

サケと異なり寿命の長く生涯に幾度も産卵を繰返す(多回産卵)これの、人工採卵と孵化には北海道立水産試験場が早い時期に成功し、釧路川水系への種苗放流を試みているのが、周辺開発の進んだ河川環境から生存率の悪く、雄で4から6年、雌では6から8年と云う遅い成熟期間にも阻まれて、放流個体による自然増殖の成果を上げるに至っていない。降海型ではあるが生活河川の沿岸を離れることなく、近年の研究では産卵支流単位での母川回帰性も確認されたたことから、水系毎に独自の遺伝特性を持つ個体集団を形成していると考えられており、他水系からの移植放流の回避には稚魚放流数にも限界がある。

しかしながら、稚魚からの人工飼養は比較的容易であるものか、食用としての養殖が数カ所で行われており、青森県の「鯵ヶ沢町イトウ養殖場」もそのひとつである。赤石川を遡った白神山地の谷に設けられたこの養殖場は、鰺ヶ沢町が1980年に地域活性化事業として、ロシヤ沿海州河川からの個体移植により養殖を開始した施設である。
これを知ったのは1990年代のことなのだが、既に絶滅の危惧されていたそれを食えると聞けば魚好きとしては座視出来ず、秋田県の大館に所用の際に足を伸ばしたのだった。町内の料理店に予約をいれておいたイトウ料理のコースは、それはそれは美味かったのではあるが、好みからは過剰とも思えた脂乗りは如何にも養殖魚然としていて、おそらく塘路の古老から聞いていた釧路川のそれとは随分違うだろうと感じた。

鯵ヶ沢鳴戸の海岸を往くのは1792列車。五能線では珍しかった(客車の連ならない)、鯵ヶ沢までの貨物列車である。
市街地を僅かばかり離れた何も無い海岸だったのだが、今は「七里長浜」とか呼ばれて、多分画角手前の位置になると思うが国道沿いにはコンヴィニエンスストアまでが建つ。

[Data] NikonF PhotomicFTN+P-AutoNikkor5cm/F2 1/500sec@f4 Y48filter NeopanSSS Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://monochromeyears.blog.fc2.com/tb.php/236-00e06d7c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)