FC2ブログ

70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

落合川 (中央本線) 1972

ochiaigawa_03-Edit.jpg

鳥居トンネル内で施工基面高972メートル(旧線)の最高所に達すれば、後は中津川に向けて下るのみの中央西線だったが、その手前落合川との間に30メートルばかりの標高差を登り降りする峠越え、通称の落合峠が存在した。延長は短いとは云え、落合川方に20パーミル、中津川方に25パーミル勾配が介在して、下り列車は勿論、木曽福島で鳥居峠越えの補機を解放した上りにも落合川から再度それを要していた。
この間の線増は勾配改良も兼ねて別線にて計画されたのだが、増設線は既設線も活用する単線線路とされて、落合川付近では木曽川流路との関連で既設線東側、トンネル掘削は直線線形の確保から同西側の経路が選ばれ、また電気運転設備には既設線上隧道の断面改築を要して、1969年度の着工から幾つかの段階を経る長期間の工事となった。
増設線で最初に使用を開始したのは落合川構内から新第二落合山トンネルに新落合川橋梁を構築して、第一落合山トンネル手前の東京起点326K500M付近にて既設線に接続する区間であり、切替は1971年2月のことであった(日付不明)。これにて名古屋方面行き列車は新線から旧線と運転して中津川へ向かい、休止された既設線区間では第二落合山トンネルの改築工事が行われた。続いて同年10月5日には、新第一落合山トンネルに中津川トンネルを開削しての東京起点326K500M付近から中津川までの増設線が開通し、先の増設線と結ばれてこの区間は全線が新線での運転となった。そして、既設線第一落合山トンネルの改築に着手されたのだった。
期日を明らかに出来なかったが(1972年夏前と推定)、先の第二落合山トンネルの改築竣工により、この区間の既設線を復活し、再び326K500M付近にて今度はこれを新設線に接続とした。現在の上り線(下り列車運転線)である。そして、第一落合山トンネルの改築にやや時間を要したものの、これを落合川方の増設線と繋いで下り線(上り列車運転線)とした複線の使用開始は1973年3月26日と記録されている。
上り線中津川方の勾配は10パーミルまで緩和されたものの、下り線落合川方には20パーミルの存置される線形ではあるが、鳥居峠の塩尻方にも同等勾配区間が多く残されたから、線区として最小投資を選んだ結果であろう。

写真は既設線落合川橋梁上の868列車。篠ノ井から稲沢操車場行き。この列車は塩尻から中津川まで通しで重連牽引だった。よって前が本務機、後が次位補機となる。
上下列車が「落合川(復活既設線)326K500M付近(新設線)中津川」の経路で単線運転していた時期の撮影であり、落合川からの勾配は一時的に10パーミルに緩和されていたから、木曽福島以西区間での補機は実質的に回送であった。余談ながら、下り列車に対する勾配も10パーミルに緩んで、中津川-落合川間の専用補機は廃止された後である。
白煙で隠され気味だけれど、後方の第二落合山トンネルのポータルに断面改築が見て取れる。

[Data] NikonF PhotomicFTN+P-AutoNikkor135mm/F2.8 1/250sec@f5.6 Y52filter NeopanSSS Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://monochromeyears.blog.fc2.com/tb.php/216-50d32311
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)