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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

湯平 (久大本線) 1987

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福岡市に仮住まいの頃、事務所を置かせてもらっていた映像制作会社の連中を誘い出しては、久大線沿線の温泉場で呑んでいたことは前に書いた。
この湯平駅から花合野(かこの)川沿いに5キロばかり遡った谷間に所在した湯平温泉もそのひとつで、湯布院よりも先は中でも最も遠い部類に属した。もっとも九重中腹の筋湯温泉の方が到達時間は要したと記憶するが、どちらも夕刻に福岡を出発と云う訳には往かず、皆の休日を揃えて出掛けていた。
開湯が湯布院より遥かに古いとされる温泉場は、この頃には湯治場の風情を残す鄙びた温泉街が続き、モダンな宿泊施設も増えていた湯布院とは対照的とも云えた。
例によって低料金だけで選んだ旅館には、ここでも気さくな女将に出会え、温泉街外れのそこは共同浴場にも近いものだから幾度か世話になった。その頃には慣れたもので、筑後川沿いに幾つか所在した蔵元にわざわざ高速道路を降りて立ち寄って旨い酒を仕入れ、公共の浴場には各自、酒の移し替え用ボトルを持参することにして、これには鉄道屋の旅に使っていたSIGG社製のボトルが重宝した。500mlは楽に入る上、アルミのそれは冷水に晒せば良く冷えたし、湯舟に沈めれば直ぐに燗がついた。露天では無いのだけれど、開け放した窓からは花合野川の水音が良く聞こえて至福の時間を過ごしたものだった。ここには他にも4箇所に共同浴場が存在して、ほろ酔いで石畳を歩く湯巡りは極楽に等しい。

天ケ瀬の前後区間がほとんどだった久大本線の撮影にも湯平まで足を伸ばしていた。特に気に掛けた位置の在ったでは無いが、大分川の谷底平野が標高300メートル余りに尽きる斜面に位置した湯平停車場は、東側に景観の開けた気持ちの良い駅ではあった。緩い曲線を描く構内は少しばかり千鳥にずれた上下乗降場が趣だったけれど、惜しむらくは近年に建替えられたであろう郵便局と農協支所との合築駅舎と一般歩道橋流用の跨線橋が、それを台無しにしていた。

写真は、小雨模様の湯平を発車した626列車、鳥栖行き。背景には大分川の広い谷が続く。
近年に湯平温泉は湯布院に飽き足らない観光客に石畳が風情の隠れ宿として注目され、それに対応した施設の充実も図られているらしい。にもかかわらず、湯平からのバス便は廃止されてしまったと聞く。最早、列車で温泉旅行の客など皆無なのだろう。確かに自分達もそこへは自動車で行っていた。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/F1.4S 1/125sec@f5.6 Fuji SC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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