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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

佳景山 (石巻線) 1972

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大崎平野には屋敷林を巡らせた集落が点在する。ここでの屋敷林は、時には地吹雪すら巻き起こす栗駒下ろしに備えた居久根(いぐね)と呼ばれる。一戸の農家の持つ居久根林は然程の規模では無いのだけれど、集村を成すこの平野ではそれが一体の居久根となって集落を取り囲む。居久根の点在する平野の景観は、水田に水の満たされる頃など、さながら小島のように水面に浮かぶ。そこに降り立つことは久しく無いけれど、道内へと向かう際の新幹線には今でも楽しみな車窓だ。

居久根林は、当然ながら敷地の北面や西面に植栽され、多くは三層の構造になっている。即ち外側からスギやケヤキなどの高木、シロダモ、ハンノキなどの中木、そして屋敷側にアオキやヤスデなどの低木であり、常緑樹ばかりでなく、季節風の防風には不利とも思われる落葉樹も含むのが特徴である。
居久根の集落に足を踏み入れるとすぐに知れるのだが、居久根林を背景にした母屋南側の前庭には大抵に畑が耕作されている。居久根林は冬の防風林としてばかりでなく、この畑と組み合わされて、それの奨励された藩政時代より稲作農家の敷地内での自給空間に欠かせぬ構成要素でもあった。前庭の畑からは野菜や雑穀の類いを得、居久根の樹木からは果実を得て、それらは加工して保存食ともなったし、年々に伸びる枝は燃料材となり、樹齢を重ねて伐採されれば住宅の建築材としても用いられたのである。また、落ち葉は発酵させて翌年の堆肥として使われた。落葉樹の植えられたのはこのためである。この意味において、平野の只中の農家にとって居久根林とは、そこには無い里山の代替だったのである。

写真は欠山北端の高台からの大崎平野。たかだか比高30メートルばかりに過ぎないけれど、遠く積雪の栗駒連山までも望む気持ちの良い位置であった。列車は7869列車の石巻港行き。
江合川下流域のこの辺りでの居久根林は季節風の到達する東端でもあってか、規模は小さい。それでも耕地の広がりの中には趣のアクセントになってくれた。列車後方の居久根はかつてには小金袋とも呼ばれた笈入集落。きっと収穫豊かな集落だったのだろう。

[Data] NikonF PhotomicFTN+P-AutoNikkor135mm/F2.8 1/250sec@f5.6 Y52filter NeopanSSS Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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