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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

湯河原 (東海道本線) 1998

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鍛冶屋のカーブと云えば、往年の名撮影地である。
EF60 500番台牽引の九州特急にモハ80の湘南準急、EH10に牽かれたワキ1000の小口扱い急行貨物などが、密柑山を背景に端正な築堤の曲線を旋回する姿は鉄道雑誌に定番のように掲載されており、幼少の頃に機関車絵本に見たEF58の<つばめ>も、ここでの撮影を下絵にしていたと思う。
この築堤の曲線には、叔母夫婦がその地でみかん農園を営んでいたこともあって、それを訪ねた折には自ら線路端に立ってもいた。彼方には新幹線が矢のように走り過ぎるのも見えたから1965年のことと思う。→ 飯井 (山陰本線) 1974 当時の新崎(にいさき)川の谷は、線路山側の旧鍛冶屋村の中心集落の他は水田とまばらな農家の見られるばかりで、そこを横切る築堤は周囲の開けたロケーションに所在して、すっきりとした列車写真を楽しめたのである。
以来に40年近くを経れば、高度成長期以降に進んだ市街地化により、いつしか築堤は街並に埋もれ、現在にも築堤上の線路端からかつての画角の再現は可能だけれど、周囲に背景は様変わりして撮れたものでは無くなっている。

替わっての画角は陣場の沢の対岸、嵯峨沢の斜面からの遠望だろうか。海面は望めないけれど、築堤のお陰で辛うじて家並みに隠されずに編成を捉えられた。
そこに最適の光線は太陽が城山の方向に低く沈まんとする夕刻なのだけれど、目当ての上り九州特急は朝の通過なものだから、ここでは丸一日を過ごすことになっていた。新幹線の高架まで降り、瑞應寺の境内から墓所を抜けての農道から一本松トンネルへの画角などにも飽きれば、その真上にあった日帰り温泉施設で過ごし夕方を待ったものである。食事にも困らない温泉付はここでの楽しみでもあった。空腹に厳寒の原野に過ごす地点もあるなら、これは極楽であろうか。それには幾度も通う地点だった。

列車は2列車<富士>。<みずほ>は失われたけれど、<さくら><はやぶさ>とも単独運用で健在な頃の撮影。
よって、これは全編成が熊本運転所の24系25形による[熊2]運用である。
機関車列車と云えど幹線特急はさすがに速く、この画角・距離でも1/250秒のシャッタ速度では横方向の移動に微細に振れた。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor ED180mm/F2.8D 1/500sec@f4+1/3 C-PL filter Ektachrome Professional E100SW [ISO160/0.5EVpush] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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