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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

大町西公園前 (仙台市交通局・循環線) 1973

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上野からも青森からも仙台で夜明けを迎える夜行急行が設定されていたから、そこには道内との行き来で度々降りていた。仙山線を奥新川や山寺へ向かうことの多かったけれど、もうひとつ、ここには路面電車-仙台市交通局軌道線が走っていたのだ。
仙山線に接していた北仙台線は既に無いものの、旧市街地外縁を回る循環線に、そこから分岐する長町線/原町線/八幡町線の枝線が健在であった。
長町線の愛宕橋から舟丁/河原町と河岸段丘の崖線を広瀬川へと斜降する坂道も良かったけれど、やはり循環線西側の霊屋下や竜の口渓谷の森を背景に出来た片平丁あたりに、西公園脇を往く大町付近、市街地北部の丘陵地へ向かっていた八幡町線の起伏のある沿線が気に入っていた。

北海道編のほうに書いたこともあるが、→函館ドック前 (函館市交通局・本線) 1980 重い機材からカメラ一台に標準と中望遠あたりを抜き出しての市街地歩きは、いつもの撮影と違った気分を味わえるものであった。市内電車は頻発運転が基本であるから、撮影チャンスはいくらでもあって、待ちさえすれば最適な光線まで太陽が自分で回ってくれたし、その間を喫茶店にて一休みしながら、そのウィンドウ越しに撮ったりもしていた。なにより、列車ダイヤに規定されない撮影の開放感があったのである。

写真は、立町小学校の前あたりから公会堂方向を望んでいる。モハ100型は、1948年の新製時の正面三枚窓をワンマン運転対応工事に際して、このようなHゴム固定の非対称二枚窓として車端扉の片方を閉鎖の上で中央扉を設けていた。この頃には、103/105の2両が未改造で休車状態にあり、北二番丁の車庫でその姿を見ることが出来た。
この123は番号の語呂のせいか、1975年度末の全線廃止後に保存車に選定され、今「仙台市電保存館」に在る。

まだ春の浅い午後で、公園の樹木の影が道路に長く落ちるのを待っていた。
時の仙台市長が市議会に対して市電全廃の方針を表明、との報に接したのは、この後渡道して三日目のことであった。

[Data] NikonF+P-Auto Nikkor135mm/F2.8 1/250sec@f8 Y48filter Tri-X(ISO400) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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