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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

名古屋 (東海道本線) 1981

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特急寝台や新幹線で何度か通過してはいた名古屋駅を初めて市内へと降り立ったのは1981年のことである。その際の「カツ丼」の一件は先日に書いた。(→戸田小浜 (山陰本線) 1974)
その後には仕事でも幾度か向かうことになり、思い出すこともあったので続けたい。
そこでの「カツライス」が、とんかつ定食の様式なのは良いにせよ、それに味噌ダレのかけられているには些か驚いたものだった。カツライスと呼ばぬ店でも、カツ定食はほぼ例外無く味噌ダレである。ここでの味噌とは勿論地場産の八丁味噌を指す。当初には物珍しさもあったのだけれど、まもなくにその甘いタレには飽きてしまった。そうなる頃には慣れたもので、テーブルに付けば「カツ定食味噌抜きソース付き」と注文していた。これで、普通のカツ定食が食べれた。
それにしても、名古屋の人は味噌好きである。呑み屋でのシメに「焼きおにぎり」に「みそ汁」を頼もうものなら、それはほぼ例外なく味噌焼きに赤出しだったし、この地域に特有と思われた喫茶店でのモーニングサーヴィスに味噌トーストと云う店さえあった。ジャム替わりにバターと混じった味噌は美味しかったけれど、これは反則の部類だろう。
独特の豆味噌である八丁味噌を嫌っていた訳では無い。固い太麺の「味噌煮込みうどん」にはすっかり嵌ってしまい、当地に赴く度に、あの角棒のような箸は使いこなせずに居たものの伏見に在った「山本屋総本家」の本店に上がり込んでいた。
この味噌煮込みと云い、もつひとつお気に入りだった「風来坊」(比較的空いていた矢場町店が定番だった)の「手羽先揚げ」と云い、濃いめの味付けの料理があるかと思えば、一方には「きしめん」である。九州特急の5分の停車時分に、在来線ホーム東京方端に在った立食いスタンドに走った向きも多かろうと思う。東京を夕方に出ての4時間半は、丁度就寝前の夜食時間だったのである。
あの北の方の出身者には物足りなさ過ぎるツユも名古屋とすれば、どうにも輪郭の掴み難かった地域とは書いておく。名古屋駅を始め美濃太田や下呂の駅蕎麦は同じく透き通ったツユだったけれど、市中の蕎麦屋のそれは鰹出汁とも記憶する。

写真は名古屋駅頭での13M<しらさぎ13号>金沢行き。発車前のスナップである。
上野からの東北特急で乗り馴れ、見慣れもしていた485系特急だけれど、車内のリネンなど装備品に食堂車の食器などに差異のあって、かつて「(鉄道)管理局が異なれば異国も同じ」と聞いたのを妙に納得したりしていた。天下の東海道本線だけれど、そこの関ヶ原越えも東北線内の十三本木越えと異なりゴトゴトと走った。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor105mm/F1.8S  1/30sec@f1.8  NONfilter  Tri-X(ISO320)  Edit by PhotoshopCC on Mac.
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コメント

Re: 味噌カツ

影鉄さん、こんにちは。
味噌カツと本来のカツを区別してくれる店も在りましたが、最初から味噌ダレ掛けられちゃうと何ともなあ、の感じでしたね。
作り置きの赤だしは仰る通りです。名古屋での仕事泊りは東新町の金谷ホテルが多かったのですが、ここは関東資本だけ在って、朝食は米味噌でした。
総本家の支店は都内にも在るのですよ。近くに用件の有れば立ち寄ったものです。

  • 2014/05/12(月) 15:48:27 |
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味噌カツ

味噌カツ、味噌煮込みうどん、きしめん、手羽先、懐かしいですね。
自分も味噌ダレのとんかつは最後まで苦手で、味噌ダレ抜きで毎回注文していました。一方、玉子・餅・鶏肉など具だくさんの味噌煮込みうどんは大好物です(嗜好が同じですね。お気に入りは岐阜県川辺町の三八屋でご老体の店主が切り盛りしていましたが、数年前に店を閉めたようです)。
赤だしの味噌汁も作り立てはとても美味しいのですが、定食屋等では大鍋で何時間も煮出し風味が飛んでるのが残念です。

  • 2014/05/11(日) 22:41:40 |
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