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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

豊後中川-天ケ瀬 (久大本線) 1987

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20年程前と思う。「人麻呂の暗号」なる単行本が年間ベストセラーとなり、後に文庫本化もされたはずである。その成立に、時の政権に深く関与した柿本人麻呂がかかわったとされる「万葉集」の未解読の歌が古代朝鮮語でいとも容易く読み解け、そこに権力者の意図が炙り出される、とした内容だった。その時期に日本放送協会も同趣旨のドキュメンタリィを制作、放映したことも手伝って話題となったゆえ、ご記憶の向きも多かろう。
当時に書店で手に取った帯のタタキ(宣伝コピィ)の胡散臭さに読むことはしなかったのだが、それへ賛同する出版も続けば、案の定に国文学や言語学の研究者からの反駁も行われたのだった。両者間で学術的に冷静なやり取りも行われたようではあるが、多くはイデオロギーに固執した論戦に終始して辟易したのも覚えている。これは現在にも尾を引いていて、この分野に限らず、日韓に跨がらざるを得ない諸研究は両国ともに国粋主義的外野の声が大き過ぎるように思う。

イデオロギーがどうあれ、海峡を隔てた朝鮮半島と九州島では古より往来の行われて文化の移出・流入のなされたのは疑いようが無い。
大分県玖珠郡と旧日田郡への玖珠川流域には「ツル」地名が連続し、国内におけるそれの分布重心を成している。「ツル」とは10世紀より以前に区分の古代朝鮮語からの移入と謂われ、「水流」を意味する日本語の「つる」に転訛したとされる。川の大きな屈曲部や蛇行した流れををそう呼んで、そこに開けた僅かな平地の地名となったものだろう。鶴や弦、津瑠、都留などの字が当てられたが、ここでは全てが「釣」であり、ざっと地形図から拾っても、玖珠町、九重町、旧湯布院町、旧天瀬町、日田市の地域に23の字名を数える。現在まで残らなかったもの、国土地理院に採取されなかった地点も在るだろうから、実数は遥かに多いと思われる。
ここにこれだけ集中は、日田地域に存在したと云う古代王権と関わりの在りそうだが、それは門外漢ゆえ識者に譲る。

豊後中川から天ケ瀬に至る現在の日田市天瀬町合田地区には、玖珠川下流から豊後中川駅の所在する下ノ釣を始め、上ノ釣、山ノ釣が見て取れる。確かに、何れもが玖珠川の谷を形成する急峻な斜面を背にした水流屈曲部の集落である。上ノ釣からはその斜面を打越集落へ通づる道路が這い上がっていて、第五玖珠川橋梁の俯瞰を試みるが樹木に遮られて叶わず、上方斜面に一件だけの民家にお邪魔して、その勝手口の軒先から撮らせてもらった。得体の知れぬ他人を快く導き入れて下さってこそのカットである。
橋梁上の列車は603D<由布3号>。
編成の中央はキロ28の格下げによるキハ28 5200番台車。当時に300円の座席指定料金で特別車設備を楽しめる乗り得く車両だった。大分運転所へ<由布>仕業用に3両が配置されて居た。
橋梁下を横切るのが、豊後中川-天ケ瀬 (久大本線) 1986 に書いた沈下橋である。

[Data] NikonF3P+AiNikkor180mm/F2.8S 1/250sec@f4 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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