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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

面白山信号場-山寺 (仙山線) 1977

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1990年代の半ばと記憶するが、とある雑誌の編集者に同行しての仙台から山形へと回る取材旅行で、彼がその間の移動手段に選んだのは都市間の特急バスであった。久し振りの仙山線の車窓への目論みは崩れ去った訳だが、その理由を尋ねての答えは「一時間に一本では使い物にならないでしょ」だった。調べてみれば、1981年にトンネルだけは開通していた笹谷峠越えのルートには、その前後区間の山形自動車道が供用開始されており、宮城交通と山形交通による共同運行の都市間バスが、何と一日26往復も設定されていたのだった。しかも所要時分の1時間あまりは、かつての気動車急行の1時間29分はもとより電車運行の1時間10分さえも上回っていた。
奥羽本線福島-山形間の改軌工事に関連して、<つばさ>や<津軽>の迂回運転などの話題も在ったものの、それら電車列車には特段の興味を持てず、この頃には撮らなくなっていたこの線区が、注意を払わぬ内に取り巻く環境の大きく変わっていたことに気づかされた一幕ではあった。
鉄道側も、その特急運転に際して軌道強化により最高運転速度を95km/hに向上させており、所要時分を1時間丁度とした途中無停車を含む快速列車の設定にて対抗していたけれど、有効時間帯にほぼ20分ヘッドのバスのフリークエンシィには敵うはずも無い。車窓風景などと宣うていたのは鉄道屋だけで、この編集者氏に限らず一般の旅行者の選択はとっくにバスだったのである。
<つばさ>の迂回終了後に、それを快速列車として車両も温存すればアコモデーションからも十分に対抗可能だっただろうが、それの見送られたのは鉄道による頻発運転とするには市場規模の及ばぬとの判断なのだろう。装置産業としての鉄道の限界はここにもある。

仙台と山形を結ぶバス運行の歴史は古く、山形交通が1952年から面白山北方の関山峠を越える国道48号線を経路として運行を始めている。仙台に降りるようになった1970年代にも駅前で、桃とさくらんぼから発想したと云う派手な塗色のバスを幾度か目撃した。この時代ならば2時間あまりの所要に割高の運賃からも、鉄道が圧倒的なシェアを確保し、5往復の急行列車を以て両都市間のみならず、米坂線を介しての新潟や奥羽・陸羽西線経由の酒田・鶴岡との連絡線としても機能していたのだが、冬期には除雪されない国道286号線が細々と通っていた笹谷峠直下に3385メートルの笹谷トンネルの開通して、バス路線の開かれれば鉄道の命運は決したとしても過言でなく、それにアクセスする山形自動車道の延伸と歩調を合わせての時間短縮と増便を前には、都市間連絡鉄道としての機能をほぼ失ったのが、1990年代から此の方の現状である。上記の仙台と日本海側との連絡も今や全てがバスの市場に移行している。

件の当時に20代後半だった編集者氏は、もうひとつ気になる理由を挙げていた。曰く「(バスは)お茶を飲んでいる喫茶店の前からでも直ぐに乗れる」であった。駅に向かい入場してホームから列車に乗り込む行為が「面倒臭い」と云うのである。
新幹線にも通勤列車にも乗りはすれど、子供の頃から親の乗用車での移動が常態であったと思われる彼の世代に共通した、このバスがあればそれを選択する行動に古い鉄道屋は些かばかり戸惑う。

紅葉川林道(市道所部紅葉川線)から第二紅葉川橋梁を見下ろす。通過する列車は827列車り山形行き。
この頃のダイヤで827列車の仙山間所要時分は1時間44分であった。この区間の輸送をほぼ独占していた当時、9月の平日だけれども、機関車次位の客車の窓全てに人影が確認出来て結構な乗車と見える。

[Data] NikonF2A+AiNikkor50mm/F1.8 1/500sec@f4+1/2 Y52 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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コメント

Re: 鉄道とバス

こんにちは、風旅記さん。ご返事遅くなりまして、申し訳ありません。

東北新幹線の開通前でしたから1980年頃でしょうか。とある経済学者の「近い将来に会津地方は郡山からバスで往くところになる」との雑誌記事を目にして、鉄道屋とすれば、磐越西線も通ずるのに何もわざわざと高を括っていたのですが、今や見事にその通りの現状です。
鉄道もかつての急行列車と同程度の列車頻度にて快速列車を設定して利便を確保したものの、新幹線で郡山まで速達して来た旅客には、そこで30分から場合によっては1時間以上も接続待ちするなど耐えれなかったのでしょう。
まして、急行形の転用とは云えボックス型のクロスシートなぞ時代遅れも甚だしいものだったのです。慌てて、特急形式を投入したりもしましたが、時遅しと云ったところの上に一日に3往復では話になりません。
この山形へも、奥羽本線の新幹線直通化と云う奇策を講じなければ、仙台からバスで往くルートが常態となっていたでしょう。事実、仙台へ速達の<はやぶさ>から頻発するバス乗継ぎの所要時分は直通の<つばさ>利用とほぼ同等が実現されています。
貨物幹線以外の地域鉄道は、やせ細るばかりの沿線需要に頼らざるを得ないのですから、生き残りは容易ではありませんね。

  • 2014/03/12(水) 16:39:57 |
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  • [ 編集 ]

鉄道とバス

こんばんは。
磐越西線も、仙山線と似た状況を感じていました。私自身は、旅の過程でも「鉄道ありき」、そして鉄道がない場合の次の選択肢が「路線バス」ですので、都市間輸送を行うバス路線は意識することもありません。普段の東京の暮らしでは尚更、バスの出番はありません。
しかし、その地域の人と会話をすると、悲しくなる位に鉄道の影が薄いことに気付かされます。
バスが頻発運転をしていても、一回ごとの旅客はバス1台で足りてしまう程度。大量輸送に強みを持つ鉄道の次の形を探るのは、なかなか至難の技ですね。
いずれ、1両編成の速達列車が高頻度に行き来するようなテストケースが、鉄道の側から自発的に出てきて、殻を破っていって欲しいと願っています。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

  • 2014/03/09(日) 20:55:20 |
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  • 風旅記 #O7xVy9HA
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