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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

余目 (羽越本線) 1971

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白状してしまえば、近年の鉄道は趣味的にはちっとも面白く無い、と古い鉄道屋は思っている。よりご年配の先輩諸兄はなおさらだろう。事象を挙げれば切りが無いが、ひとつには臨時列車の設定に運転である。臨時運転と云えば蒸機の展示運転を含む観光列車に、旅客に媚びたとしか思えない催事列車ばかりの昨今は、より一層につまらない。それしか知らぬ世代はそれなりに楽しんでおられようが、輸送力を負担しない列車にはどうにも興味が持てない。

知る限りの1970年代には、年末始・旧盆期・黄金週間などを中心に実に多様な臨時列車が設定され、定期運転には無い線区・区間への設定や思いもかけぬ車両の運用など、必ず趣味的に興味深い運転の発見されたものだが、輸送の新幹線への転移が進み、残された在来線区でも1980年代半ば以降に優等列車の短編成・頻発運転政策にて波動輸送力がそれへの増結中心となり、支線区なら輸送需要そのものの低下から設定の大半の失われたのである。
Webを通じての情報公開なぞ無い時代、季節毎の臨時列車運転が新聞に報じられれば、丸の内の国鉄本社一階に在った「国鉄PRコーナー」に駆けつけて資料を閲覧させてもらい、月末近くの時刻表発売が待ち遠しかったものであった。北海道から内地に出た頃だったから、やはり注目したのは道内に上野を発着する東北・奥羽・羽越に上信越各線であり、前者なら寝台車を連ねて洞爺-釧路間を追分経由で直行した<狩勝51号>や、特急気動車の運用を大幅に変更して設定の夜行<北海>に<北斗>、後者では磐越東線小野新町からの<みはる>に、女川からの<おしか>、寝台車まで組成の宮古発着の<みやこ>等に印象が深い。幹線でも線路容量から新たなスジの挿入が困難で、青森-八戸間の定期普通列車を急行で延長した<八甲田53号>など、夕刻の帰宅列車がその期間だけ12系座席車に変身した例もある。秋田-新庄間定期列車からの<出羽51号>も同様と記憶する。名古屋から青森へ東京・上野を経由した<あおもり>などはスロ54/スロフ62にスハネ16/オハネフ12の6両ずつで組成の豪華列車であり、米原と宇都宮のEF58を東京駅で交換していた。

上野からの羽越本線系統には取り立てる程に楽しい列車は無かったけれど、定期列車のDF50に対してそれは蒸機に牽かれていた。
この1971年10月改正当時には、季節列車6801・6802<鳥海3・2号>と予定臨時列車の8803・8804<鳥海52・51号>、それに設定臨時列車の9801・9802<鳥海51・52号>の設定が在り、同改正までのスロ62の組成は失われていたが、波動輸送への12系投入にて捻出のスハ43/オハ47が回されて、かつてのようにスハ32やオハ35の組込まれることのの無く急行らしい組成は見せていた。
勿論、C57の牽引を期待して大晦日の余目で待ったのだが、それは大阪からの<きたぐに51号>に回されて、こちらはD51であった。ここでの定期C57急行に間に合わなかった身とすれば、それでも十分に貴重だ。
列車は、朝の余目に到着した6801列車<鳥海3号>。ここで13分も停まる。
青色15号に揃った編成なのだが、モノクロームだと一見普通列車と変わらぬのが難点だろうか。

[Data] NikomatFTN+AutoNikkor105mm/F2.5 1/250sec@f5.6 Y48 filter Tri-X(ISO400) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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コメント

Re: タイトルなし

再コメントをわざわざありがとうございます。

動態復元の蒸機運転が、産業遺産保存の本義を外れて観光資源化されるのは、それを民間資本に任せた以上仕方ないことで、トータルに鉄道会社の利益に寄与しておれば良いのですが、注目のされなくなれば打ち捨てられる危険を孕んでいます。
鉄道自体の様々な側面がブーム化している現在に、観光資源化も結構ですが、ブームとはいつか去ります。その際に売り物となるのは、最早ノスタルジィしかありませんから、要求されるのは旅客迎合型の観光列車では無く往年の旅行の再現列車と予想しています。
古い車両をとっておけば、と一番悔やむのはどの鉄道会社でしょうか。

  • 2014/01/24(金) 01:43:02 |
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こんばんは。

>それに越したことは無いと思う反面、鉄道そのものがノスタルジィの対象と化したことも意味していて
心境複雑であります。

おっしゃる通りです。同感です。
例えば昨今のSLのブーム、それも、SL自体が目的となって乗客が楽しみ、その走る過程を喜ぶのもいいのですが、自分がそこに入りたいとは思わないのです。
その路線の収入になり、立派な事業であり、何も否定しませんが、その前後のローカル列車が閑散としているのを見ると、気持ちも冷めてしまいます。
それならば、趣味的には好き嫌いはあると思いますが、北陸の路面電車の活性化や、北海道のDMVの開発なども真剣に日本全体に広げ、進化させ、真の鉄道の未来を切り拓いて欲しいと願っています。
社会インフラですので、一過性のブームに過度に依存するのは、むしろ将来を狭めると思うのです。

屁理屈すみません。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

  • 2014/01/22(水) 22:46:39 |
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  • 風旅記 #O7xVy9HA
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Re: タイトルなし

こんばんは、風旅記さん。
いつもありがとうございます。

観光客輸送に特化された列車と云うものは古から存在して、山岳地帯への夜行臨に温泉地への週末臨を始め、
スキー臨や海水浴臨もこれに該当すると思います。
かつての釧網本線や小海線列車は定期列車も満員の観光客を乗せて走って居ました。
観光客を目的地へ輸送するのが鉄道本来の使命であり、近年の催事列車のごとくに運行自体が観光対象とは
どうにも違和感を感じてしまいます。
特に、昨今のルーラル鉄道の資源化は、当該路線の維持に少しでも寄与するのであれば、
それに越したことは無いと思う反面、鉄道そのものがノスタルジィの対象と化したことも意味していて
心境複雑であります。

  • 2014/01/21(火) 01:30:30 |
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  • Wonder+Graphics #-
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こんばんは。
この駅を発着する列車も皆今では、短い編成になっていますが、それでも特急列車が走る区間ですので、まだ、華があるほうでしょうか。
私は、陸羽西線を訪れた際にこの駅に数度降りましたが、もっと静かな小さな駅だったような記憶があります。
それが時代とともに整理された結果なのか、雪の季節の記憶のためにホーム以外が見えなくなっていたためか…
鉄道自体が観光目的になっていくことは否定しませんが、個人的には、乗客の生活のために動いている列車が好きです。
それが優等列車だとしても、普通列車だったとしても。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

  • 2014/01/20(月) 02:32:10 |
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  • 風旅記 #O7xVy9HA
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