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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

角川 (高山本線) 2001

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角川は高山本線最後の開業区間に含まれ、1934年10月25日に開駅している。停車場は宮川左岸の吉城郡河合村小無雁に置かれ、地域の大字の角川を駅名とした。宮川に坂上村(後に宮川村)との村境が走り、対岸が大無雁と呼ばれる。古川盆地北端の飛騨細江から山地に分け入り6キロばかりの駅間ではあるが、冬には進む程に積雪の厚みが格段に積む豪雪地域である。

ここでの運転扱いは1969年10月に美濃太田からのCTC制御に切替えられて要員の引上げも早く、通い始めた1990年代半ばの時期は無人化されて久しいけれど、開駅時からの駅本屋の残り、旧出札窓口のみを仕切って駅前の商店が受託した乗車券類の販売が行われていた。その頃には飛騨古川駅発行になる軟券の補充片道券だったが、まもなくに高山駅の総合販売システムからの出力による補充券に変わった。
乗降場よりも一段低い位置に設けられた本屋脇には山清水を引いた池が造られ、そこには鯉が何匹も泳いでいたものだった。おそらくは駅員の配置されていた当時からのことなのだろう。
此処ばかりで無く、打保に杉原にも駅前に池の痕跡があり、公共施設と合築される以前には坂上にも在ったらしい。沿線の集落でも鯉の池を持つ民家が散見されて、かつて山村の貴重なタンパク源としていた名残であろう。
一度、坂上ダムに塞き止められて川幅の増した宮川を、ここの河合橋から眺めていて黒い川底が突然に傾くのに驚いたことがある。見れば、川底一面の鯉の大群なのだった。かつて大きな淵などを棲み家としていたものが、1925年の蟹寺発電所打保取水堰堤や1950年代のダム建設にて、その貯水池が棲息域となって個体を増やしたものだろう。
角川の宿の主には、もう食べる人は居ないと聞いたが、地域行事的な意味合いなのか現在も漁は行われていて、それは夕刻から夜に松明をかざした火振り漁である。誘われて見物させてもらえば、観光化されていないだけに面白い。

インクブルーの角川ダム貯水域を渡る第10宮川橋梁(l=150M)と、列車は1021D<ひだ1号>。
撮影位置の河合村村道(2004年現在では飛騨市市道)の臼坂森安線は冬期に除雪されないから、ここに至るにはカンジキが必須である。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor ED180mm/F2.8D 1/125sec@f5 C-PLfilter Ektachrome Professional E100SW [ISO160/0.5EVpush] Edit by PhotoshopLR4 on Mac.

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