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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

風合瀬 (五能線) 1980

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青森県域は本州島の北端に在って、陸奥湾を介した津軽海峡と続く日本海にも太平洋にも海岸線を持つ。それゆえ、日本海岸を西海岸、太平洋側を東海岸と呼ぶと、青森市出身の友人に聞いたことが在る。Eaglesに代表された西海岸音楽全盛の頃だから、彼が「アメリカみたいだろ」と続けたので良く覚えているのだが、西海岸はまだしも東海岸はかなり怪しい。肝心の太平洋に面する三八上北(さんぱちかみきた)地方の住民に東海岸の呼称はあまり聞かれなかった。
対しての津軽での西海岸は一般的で、当時の同世代がウェストコーストを気取ったと思いきや、年配者もそう呼んでいた。聞いてみれば何のことも無い、津軽人にとっては津軽半島の両岸を区別するに必要な呼称だったのである。ここでの東海岸とは半島の陸奥湾岸を指す。となれば、下北半島部の住民にも同様の呼称が有りそうだ。青森県域の両岸を東西とするのは県域中央の青森市周辺独自のことなのだろう。ややこしい。どおりで行政はこの呼称を使わぬはずである。

津軽西海岸、深浦町の大字風合瀬は鳥居崎の後背に広がる緩やかな傾斜地一帯を指し、野中や館村、宮津に字の別れた中心集落もここに成立して、五能線の風合瀬を名乗る駅とは距離がある。この停車場の戦後の追設は住民の請願によると思われるのだが、傾斜地下に設置では大戸瀬との距離が無く、鳥居崎付近には20パーミルの拝み勾配が存在したから、その先が選ばれたものだろう。五能線には建設時の用地取得や線形など様々な事由で、このように集落から離れた立地の駅が多い。かつてなら、それでも住民は駅を目指して歩いただろうが、道路交通の発達すれば見捨てられるのも早かったことになる。
ここも、僅かばかりの民家の中に忘れ去られたように存在する駅だった。

ただ鉄道屋だけは、これと云ったポイントの見当たらないにもかかわらず、ここには必ず下車していたようだ。その駅名の響きに惹かれ、意味するところの景観を想ってのことだろう。そして、駅への道路と一体化した土のホームと小さな待合所に納得すると海に向かい、浜にはそれしかない漁師小屋に画角を決めるのである。
ここでは誰もが持ち帰った光景と思う。

列車は1728D、東能代行き。
1977年度末のキハ40 500番台の最初の投入線区が五能線であった。弘前運転区への79年度の新製分を含めた21両にて同数のキハ10/17を淘汰した。

[Data] NikonF3P+AiNikkor28mm/F2.8 1/500sec@f8 Nikon Y48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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コメント

Re: 風合瀬の定番

そうでしたね。以前に拝見させていただきました。
真夏なら、波打ち際から海水浴客を画角に入れての後追いなんてのも撮りましたが、
この浜では漁師小屋に尽きました。

ここの観光列車には同感です。
<ノスダルジックビュートレイン>の頃から何処か違和感を持っていたものです。
機関車列車でしたのに、これは撮りに行きはしませんでした。

  • 2014/01/10(金) 01:23:40 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

風合瀬の定番

はい、持ち帰りました。(^^;

風合瀬ではこのアングルの他に、大戸瀬寄りの丘から見下ろすSカーブが好きでした。
キハ10系は間に合いませんでしたねえ。まあ旧客列車が撮れたのだから贅沢でしょうね。

「リゾートしらかみ」の風も匂いも感じられない車内で五能線を旅した事にしている観光客は気の毒です。

  • 2014/01/10(金) 00:02:14 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

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