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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

波高島 (身延線) 1996

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身延線を撮り始めたのには、然したる理由のある訳では無かった。電鉄と呼ばれた開業時からの古い電化線に惹かれたで無く、特別に富士川の広い谷の景観を気に留めたでも無い。居住する相模原から近く日帰りも可能な範囲で撮り続けられそうな線区を探した結果であった。房総方面や東北・上越線沿線となれば東京都内の通過に時間のかかってしまうから、それは自ずと八王子からの中央線沿線に限られた。小海線の選択もあったけれど、そこのキハ110系列気動車には八高線で厭と云う程に対面していたので、強いて云えば東海旅客鉄道が1995年に投入していた373系電車の、キハ82を思わせるパノラミックウィンドウに軍配を挙げたところだろうか。

通い出した身延線は、実を云えば、買収国電区間はもとより地方電鉄も数える程にしか撮っていない身には、今に残る前身からの国鉄離れした規格や施設が物珍しく、かつてここを走ったEF10や旧型国電を記録された諸先輩には笑われそうだが、それと新鋭の電車とのアンバランスに惹かれてしまったのだった。
ここを撮られた向きには周知の通り、芝川までに富士の山容を仰ぎ、その先で富士川左岸を辿って、落居峠を越えての甲府盆地と変わる車窓では、やはり富士川の流域へ幾度も足を運んだ。但し、その景観は旧型国電を追った諸氏の多くが飯田線へと向かったのが理解出来るものでもある。

波高島は線路が富士川を離れて常葉川の谷を落居峠に向けて遡り始める位置にあり、その前後で幾つかの画角を取れたので降りることの多かった。
波高島周辺の国道300号線はトンネルを含むバイパスが工事中であったから、その頃には拡幅されない細道で下部方向に歩けば、常葉川の攻撃斜面の急傾斜を通過する桟道が架けられていた。徒歩や牛馬の通行の時代にはそれなりの難所だったろう。この上の平桟道から川を見下ろすと吊り橋が見えて、対岸の狭い圃場に湧く温泉の2軒の宿への下部側からの通路となっていた。この表下部温泉、通称に湯沢温泉については改めて書こうと思う。

起点50K800M付近の反向曲線を抜ける列車は、4004M<ふじかわ4号>。

[Data] NikonF4s+AiAFNikkor ED180mm/F2.8D 1/250sec@f4+1/3  C-PL filter Ektachrome Professional E100S [ISO160/0.5EVpush] Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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