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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

天ケ瀬 (久大本線) 1986

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福岡で仮住まいの1年余りは記憶に残る日々だった。航空機での頻繁な東京との往復には倦みもしたが、羽田からモノレール・地下鉄を延々乗継いでの遥かなる都心に比べて、板付の飛行場の中心街天神からの至近が救いだった。九州人、中でも博多の人々のヒコーキ好きは、この身近な空港も要因に違いない。

そこの人間は実にフレンドリィで、拠点を置かせてもらっていた映像制作会社のスタッフ連中に連れられ、あちらこちらで楽しく呑んだ。中州には余り出掛けず、天神西通りから大名、警固、赤坂あたりが縄張りだったと思う。
かの「一風堂」が西通りの路地の小さなラーメン屋だった頃である。
玄界灘を始め九州一円からの肴は豊富で美味しく、しかも何にしろ都内では考えられない程に安いのだった。勿論、呑み屋街の横道の10人も入れないような鮨屋だったけれど、並の握りにビール大瓶で1200円、西鉄福岡駅近くの路上の天婦羅屋台に行けば一巡りに1000円で釣りが来た。大濠公園近くのレゲエ屋台(BGMが皆レゲエ)も、ちょい呑みに最適だった。ここは、一升瓶をボトルキープしておけば500円で呑めた。
桜坂の部屋から歩いた六本松の交差点に行きつけの店を見つけて、福岡に居れば毎日のように立ち寄っては、そこの常連達と別の呑み屋に出撃もしていたものだった。
そして、件の制作会社の連中とは車を出してもらって温泉に出掛けては、また呑んでいた。熊本県下まで遠征することもあったけれど、大抵は近場の久大本線沿線に向かった。玖珠川の広くも無い谷沿いに旅館の建ち並んでいた天ケ瀬温泉も行き先のひとつだった。そのまま一人だけ居残って翌日を撮影に充てたこともある。

天ケ瀬の温泉は動力揚水では無く、自然湧出である。泉温も高い。かつては玖珠川の河原を掘れば湯の湧いたと聞くが、いまでもそこには5箇所の共同露天風呂がある。なにせ河原なので衆目から覆いのかけられた湯舟も在ったが、気持ちの良いのは川の水流近く、増水時には水没前提に設けられたそれだった。さすがに真っ昼間の入浴は憚られたけれど、一日の撮影を終えた夕刻にひと風呂浴びてから列車に乗るのは快いのだった。そして、博多に戻ればまた六本松で呑んだ。
写真は、天ケ瀬温泉街の裏道を往く640列車、日田行き。河岸の共同露天風呂も見える。
久大本線は、玖珠川の谷の最も南側を通過していたのだけれど、その上部に国道210号線の新道が開削されてしまい、駅上空をその橋梁が通過する。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/250sec.@f4 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.

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