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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

鯵ヶ沢 (五能線) 1972

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五能線へは岩館あたりに往くでも無い限り弘前側から入っていた。奥羽本線の<津軽>を東能代に降りるよりも、東北本線の<八甲田>からの接続とした方が速達だったからだが、これだと上り列車の鳴沢から鯵ヶ沢への車窓も楽しめた。
五所川原から岩木山を仰ぎ淡々と田園風景を走った列車は、鳴沢の数軒しかない集落を過ぎて鳴沢川への築堤を17パーミルで橋梁上に達すると彼方に日本海の水平線を認め、築堤を降りて一度は視界を去ったそれがR400曲線で左に回れば一面に広がるのである。1971年に初めて出会って以来の感覚は忘れられない。それは深緑だったり、真藍色だったり、鉛の海だったりしたけれど幾度乗っても新鮮な視界と覚えている。

肝心の鯵ヶ沢の停車場は再び内陸側に折れ、海沿いの既存市街地とは中村川を隔てた位置に設けられた。1925年5月15日の陸奥森田からの延長に際してそこの通過を避けたものであろうが、5年後に延伸となった北金ヶ沢を集落間近の山裾の通過としたのとは対照的である。
市街地の迂回は隧道を伴う20パーミルの小さな峠越えを要して、開通遅れをもたらしたのかも知れない。

列車は混合1730列車、東能代行き。
北緯40度の津軽半島西海岸、低い海岸段丘の続く七里長浜の景観は北海道とさほど変わらなくなる。異なるのは手前鳴沢川の低地には水田の広がるところだろうか。
この撮影地点の段丘に今も立つ鉄道屋はいるのだけれど、同河口には1997年6月に大規模な産業港(七里長浜港)が開港して海側を向いての画角は取れなくなった。

[Data] NikonF PhotomicFTN+P-AutoNikkor135mm/F2.8 1/250sec@f4 Y48filter NeopanSSS Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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