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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

富山駅前 (富山地方鉄道・富山市内軌道線) 1985

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電気車両は苦手で、路面電車にとりわけ詳しい訳ではない。なので、それを目的に旅に出たこともない。けれど、行く先やその近隣に路面電車が走っていればスケジュールを振っていた。それを撮るのが好きだったのだ。
道内版のほうにも書いたことがあるが、路面電車の撮影は列車ダイヤに規定されることが無い。いつもの人里離れたようなロケーションと異なり、軽量化した機材で店を冷やかしたり喫茶店で一休みしながら街中を歩き回り、気に入ったポイントを見つけたら、長くても10分も待てば被写体がやって来る。撮影チャンスが多いから光線が気に入らぬなら光が回るまで待てば良い。気楽に散歩気分で撮れるところが、緊迫感を強いられるいつもの撮影の息抜きになったのだった。
高山本線への旅では、その南側で名鉄美濃町線を、北端ではこの富山地鉄市内線を一体に撮っていた。

この頃は、70年代の東部線(一部)と西部線の廃止にて環状運転を失っていたこの軌道線が、西町から不二越駅前までの東部線(の残り)と山室線も廃止して、南富山駅前-大学前間6.4キロの単一経路にまで縮小された時期である。それでも、ふたつの運転系統は、ほぼ全日に渡り8分ヘッドでの運行とされ、全線運転の系統と富山駅前折返しの系統が重なる同停留所から南富山駅前の区間では4分毎の運行にて都市内の基幹交通として十分に機能しており、山室線廃止前のデータではあるが、1982年度の一日あたりの輸送量は23800人であった。(日本の路面電車ハンドブック1984年版による)
その後に輸送量は市街地人口の減少と軌を一にして漸減傾向にあったようだが、この運行頻度は維持されて、1997年3月には、県庁前に渡り線を新設して富山駅前折返しの系統をここまで0.6キロを延長する改善も行われた。

2000年代以降の、社会構造の変化にともなう都市の衰退に危機感を抱いた富山市当局の政策の大転換による、この軌道線の新線開業を含む再生についてはWeb上にも論考が多数発表され、ここに繰返さない。ひとつだけ付言させていただけば、それは、そこの軌条の存在が、経路が目に見えると云う鉄道が民心に与える「安堵感」が再評価された結果と思える。街に電車が、列車が走れば「安定感」も生まれるものである。新幹線駅の南北駅前広場の中央を、敢えて線路を通過させる将来計画も、それを考慮したものだろう。
同様の都市問題を抱えながらの、堺市や宇都宮市、まして撤去を執拗に求める福井市の沿線商店主や住民の対応は理解に苦しむ。

西町・総曲輪の商業地区から駅前を経ての官庁・業務地域、古い街並を抜けての富山大橋と変化も楽しい路線ではあったものの、車両は全て単一形式で面白みには欠けた。
乗っているのも、行き違うのもデ7000形。ただし、この前年には路面電車には稀少例だった冷房搭載車が出現していた。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/F1.8S 1/125sec@f8 Fuji SC48 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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