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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

下小川-西金 (水郡線) 1981

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久慈川は茨城・栃木・福島県が境を接する八溝山を水源に棚倉盆地へ向けて北東へ下った後に八溝山地と阿武隈高地間を南流する河川である。その中流域の矢祭山付近から常陸大宮付近までは山地狭窄部に陥入・蛇行を繰返す峡谷をなしており、奥久慈渓谷と呼ばれている。

ここは清流としても知られ、内水面漁業における鮎の漁獲は那珂川の年間880tには及ばないが、395tは全国で第三位の漁獲量である。(2004年農林水産省漁業・養殖業生産統計年鑑による)
水が良ければ、流域はその伏流水を利用した酒造地帯でもあり、奥久慈地域では山地を隔てて同じく南流する支流である山田川や里川の流域も加えて、この1980年当時には12もの酒造場が稼働していた。(福島県側の3場を含む)
何れも年間の石高は最大の大子町の家久長本店でも2000石程、後は1000石に満たない小蔵ではあるけれど、それぞれに味わい在る酒を造って来た。
袋田の滝を上流の大野川に辿ると大子町内大野に珂北酒造がある。石高は500石に達しないと思われる小蔵で、それこそ現地に向かわなければ入手困難な酒である。その「常陽旭桜」は蔵付酵母で発酵する。
蒸米と麹に水を加えて酵母を培養する酒母の工程においては、生酛にせよ山卸廃止酛にせよ、何処からともなく進入する野生酵母に対しては、日本醸造協会の頒布する優良な清酒酵母を大量投与してこれを淘汰するのだが、1896年に前身の斉藤酒造店の創業以来のこの蔵には酒造に適した酵母が棲み付いて、酛摺りの酒母に入り込むのである。
野生酵母の類いは、醸造が科学的に説明される前の時代には腐造を引き起こす元凶であり、仕込みに年間の収益を注ぎ込む酒造家には恐れられた事態であった。蔵に住む野生酵母が酒造に適していたとは、誠に幸運と云わざるを得ない。
蔵元は「(野生酵母ゆえ)酸が出てしまう」と云うが、その酸度1.5ないし1.6がここの酒の特徴でもある。飯米を用い65%に抑えた精米にて引き出した米の甘みとの整合に利の在る純米酒が旨い。

2013年の現在、塙町の家満寿美、旧里美村の東魁酒造、常陸太田市の平山酒造は廃業してしまっている。それでも、奥久慈地域での9場の稼働は、酒の置かれた現状を思えば酒呑みには有り難いことこの上ない。

写真は、国道118号線大内野橋からの4311D<奥久慈1号>。後追いである。
上野から1411D<ときわ7号>に水戸まで併結され、常陸大子からは普通333Dとなって郡山まで直通していた。<ときわ7号>は水戸止まりだったから、実質的には<奥久慈>の水戸回転編成とも云えた。
当時の水戸機関区の急行用気動車には非冷房車も残存して、それの混用時には冷房搭載車でも使用しないのが通例であった。
奥久慈に定番の水の風景。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor105mm/F1.8S  1/125sec@f8  Y52 filter  Tri-X(ISO320)  Edit by CaptureOne5 on Mac.

Website "カメラ 万年筆" Updateのお知らせ (2013-08-17)

Reference に、「函館運転所仕業の札幌における<北海><北斗>間の渡り運用」なる記事を追加しました。
この禁断の運用についての、少々マニアックな記述です。
同じく、記事「国鉄の業務委託駅と日本交通観光社」も追加しました。

なお、Reference は、本文の"Monochromeの北海道 1966-1996" など読んでいただく際の参考情報です。
必要の都度、リンクを設定しています。
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