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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

鯵ヶ沢 (五能線) 1983

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中世における時の権力機構-鎌倉幕府の直接支配が及ばぬ化外の地にあって、環日本海交易の貿易港として東日本で最大規模の都市であったのが十三湊(とさみなと)である。近年の発掘調査にてそれを裏付ける出土品が得られている。ここを築き、本拠地としたのが安東氏一族と云われているが、その時期や経緯には諸説の在って、良く分かっていない。なにより、安東氏自体が未だに解明されぬ謎の多い集団であるらしい。
その財政的な権益を支えたのは、彼らの率いた船団「安東水軍」であり、その勢力範囲は、八戸付近を除いた現在の青森県全域から秋田県北部の沿岸は云うに及ばず、津軽海峡を越えた北海道南岸に及び、海上戦力に違いないが、実態はそれを背景にした交易船団と推定される。

鯵ヶ沢も、その勢力下の拠点港のひとつであったらしい。
ここには、その「安東水軍」を銘とした酒がある。
福井県の小浜や山形県の酒田もそうなのだが、日本海交易に栄えた港町には由緒在る寺院が残る。鯵ヶ沢の漁港近く、背後に寺院の並ぶ大字漁師町に蔵元の尾崎酒造はある。漁師町に相応しく、その醸す酒は前海からの漁獲を肴に呑んで美味い、淡麗にしてキレの鋭くドライな酒質である。けれど、やんちゃ酒でなくノーブルにブランデーを思わせもする。個人的には、能登珠洲の「宗玄」とならんで好きな酒なのである。
実際に酒呑みには人気と見え、Web上にはその記事をいくつも検索出来る。

実は、五能線撮影の折、この蔵を訪ねたことが在る。蔵元自らが案内してくれたそこは、想い描いた通りの海辺の蔵であった。
今でこそ、ネット上でそれはいくらでも手に入れられるけれど、かつては都内での扱いは日本橋の三越ぐらいしか無くて、呉服橋近くにニコンのプロサーヴィスの在った頃、そこに往くたびに三越まで足を延ばしていたのを思い出す。

津軽西海岸の白い夏、手作りの風鈴の駅。
停車中の列車は、1730列車東能代行きである。

[Data] NikonF3P+AiNikkor28mm/F2.8S 1/60sec@f11 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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