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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

八幡神社前 (仙台市交通局軌道線・八幡町線) 1974

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仙台の旧市街地は、ここで青葉山丘陵を流れ出た広瀬川が形成した河岸段丘上に発達し、やがて沖積平野部にあたる奥州街道の宿場町であった長町、石巻街道上の原町と一体化した。
そこに営業した仙台の市内電車の路線はその地形に従い、上町段丘から中町段丘を環状に繋いだ循環線の緩い起伏や、中町段丘から下町段丘へ下る長町線の舟丁あたりの急坂、丘陵地手前まで登った八幡町線の坂道が記憶に残る。長町駅前停留所付近と八幡神社前停留所付近の標高差は50メートル程在った。
60年代後半に身近だったはずの札幌の路面電車にさほどの魅力を覚えなかったのも、70年以降の内地からの道内通いの途上に幾度か仙台に降りたのも、その縦断線形による趣だったと思える。

1920年代からの仙台市当局による市内軌道線の建設は、各所で市街地の整備を目的に道路新設・拡幅と一体で行われたのに特徴を見いだせる。この八幡町線も1940年12月28日の八幡町一丁目停留所(廃止時八幡一丁目)までの開業時には、それの通過する北4番丁通りを北3番丁から通じていた作並街道(現国道48号線)まで延伸しての敷設と聞く。八幡小学校下のカーブがその名残である。
循環線の大学病院前で分岐して八幡神社前まで僅か1.5キロの路線なのだが、市街地北東の丘陵斜面中腹を横切り、起伏を繰返しながら約10メートルを登る路線であった。
沿線には広瀬川へと続く傾斜が続いていて、その坂道を上れば発電所の在った三居沢の方角も眺望出来たのだが、それを電車と捉えるには周囲の住宅が邪魔をした。
この斜面には良水が湧いて、惜しくも廃業してしまったけれど、風雅な木戸をくぐる「天賞」の蔵はこの沿線に在った。市内電車の廃止されてから大分経ってからそこを訪ねて、電車を撮った場所と気がついた。

この坂を登り切れば龍寳寺の釈迦堂に往き着く。
探してみたけれど、市内電車を見下ろせるのはこの位置だけだった。日射の低い、冬の午後である。

[Data] NikonF2A+AutoNikkor180mm/F2.8 1/500sec@f5.6 Y48filter Tri-X(ISO400) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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