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70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film

女川 (石巻線) 1973

onagawa_01-Edit.jpg

先般の災禍にて全てを失った女川構内である。

逆向き運転のC11に牽かれた1890列車が通称-女川臨港線から出発して往く。
この線は石巻線の貨物支線で、写真の丁度機関車位置の分岐器で一番線より分岐し、旅客乗降場横から駅前広場の脇を抜けて1.4km先の女川港まで伸びていた。これは貨物専用駅で水産物ばかりでなく女川の貨物扱いも集約され、貨物列車は全てここに発着していた。女川の構内扱いながら本線列車は入換運転では無かったから、運転当直が出向いて運転扱いをしていたものと推定している。
ここの運転がいつまで行われていたかの記憶は無い。廃止は、1980年10月1日と記録されているけれど、それのかなり以前より休止状態であったと思われ、女川港には74年10月から76年10月まで荷物扱いの記録もあるのだが(つまりこの間は一般駅であったことになる)、果たして実際に施行されたものかも怪しい。

女川は終端駅らしく頭端式の乗降場一面を有し、これと直角方向に配置の駅本屋と、二番線には三番線として機回線の付属する配線は被災前まで永く残されたゆえ、ご存知の向きも多かろうと思う。
この当時には、撮影地点の後方には機関車への給水/給炭施設の残滓に転車台が在り、さらにその先には駐泊庫跡と思われる空き地が広がっていた。写真右側画角外には、何線かの側線の外された痕跡と貨物ホームが残され、かなり広い構内を持つ駅だったと分かる。ここは、後に日帰り温泉施設の建設用地となった場所である。

さて、旅客乗降場にて出発を待つのは、多客期のみに、それも年間に10日ほどしか運転されなかった臨時急行<おしか>である。堂々の蒸機急行なのだが、これについては後の機会に譲る。

[Data] NikonF photomicFTN+AutoNikkor50mm/F2 1/250sec@f8 Y48filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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コメント

早速のご訪問

ありがとうございます。

こんばんは。

体裁の整いましたら、こちらの更新はボチボチになるとは思いますが、
今はストックと睨めっこしているところです。

石巻線と同じ小牛田からの陸羽東線には、東北本線スジですので
夜に仙台まで戻れば、夜行<八甲田>の仙台増結車を捕まえられて、
道内入りもラクでしたので良く立ち寄りました。

この<おしか>と言う列車。
実はとんでもない「急行」でして、詳しくはいずれ書きます。

  • 2012/11/17(土) 01:16:55 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

おめでとうございます

こんばんは。

新ブログ立ち上げおめでとうございます。これだけ撮っていらっしゃるのですから、
北海道だけでは無いだろうと思っていました。秘蔵のストックを拝見させていただきます。

石巻線、当時あまり多くは撮られていない線区だったかと思いますが、
1973年の時点でこんな風景が広がっていたんですね。
堂々たる「蒸気急行」にもびっくり。

  • 2012/11/16(金) 22:08:52 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

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